2025年11月4日火曜日

「移動すれば成功できる?」 移動とネットワーク資本が結びつくことで、富裕層はさらに成功を収め、移動が困難な層は選択肢を奪われる。

「移動すれば成功できる」

 伊藤将人氏の著書『移動と階級』は、人々が持つ「移動する力」を「資本」として捉え、その「移動資本」の偏在がどのように新たな社会の階層(階級)を生み出しているかを明らかにする一冊です。この格差を著者は「移動格差」と呼んでいます。


📚 本書の主な要点

1. 「移動格差」の実態

  • 本書の中心概念である「移動格差」は、移動できる人移動できない*の間に存在する、移動の量、機会、経験をめぐる明白な隔たりを指します。

  • 自家用車の利用から海外渡航まで、移動手段を自由に使いこなすためには、金銭(経済力)、技能(語学力など)、ネットワークといった3つの資源(移動資本)が必要であり、その有無が移動機会を分け、人生の潜在的な可能性を階層化しています。

  • 独自調査データに基づき、約半数の人が自分を「自由に移動できない人間」だと思っているなど、「移動階級社会」の具体的な実態が示されています。

2. 格差再生産のメカニズム

  • 移動ネットワーク資本が結びつくことで、富裕層はさらに成功を収め、移動が困難な層は選択肢を奪われるという格差再生産のスパイラルが強まっています。

  • ジェンダー居住地(大都市部とそれ以外の地域)といった要素も移動格差に密接に関連し、特に女性の移動における不平等(ジェンダー不平等)が問題として取り上げられています。

  • また、移動にも「能力主義」が影を落とし、「移動は成功をもたらす」という考え方が、移動できない人々への自己責任論に繋がりかねない点も指摘されています。

3. 移動の多様な側面

  • の移動だけでなく、モノ、情報、資本、文化の移動も相互に影響し合い、現代社会の基盤となっていることが論じられています。

  • 通勤・通学、買い物といった日常生活の移動から、旅行、引っ越し、さらには移民・難民、気候危機といった地球規模の問題まで、「移動」という視点を通して、分断、格差、不平等が浮き彫りにされています。

4. 格差解消に向けた提言

  • 本書の最終章では、この移動格差の解消に向けた「5つの観点と方策」が提示されています。

📘 格差解消に向けた主要な観点と方策(第4章より)

 著者は、移動格差の解消には、単なる交通手段の整備に留まらない、社会全体の構造的な変化が必要であるとし、主に以下の視点から方策を提示しています。

1. 企業や行政による移動機会の格差解消支援

  • 「移動資本」の再分配: 経済力や居住地によって生じる移動の機会の差を、政策や企業の取り組みによって是正する観点です。

  • 例えば、公共交通の補助、地域間の移動を促すための助成制度、企業によるリモートワーク支援や地方勤務の機会提供などが含まれます。

  • 行政や企業が、特定の層(経済的弱者、地方住民など)の移動のポテンシャル(移動可能性)を高めるための積極的な支援を行う必要性が論じられています。

2. 共助(きょうじょ)による移動をめぐる問題の解決

  • コミュニティ内での助け合い: 公的な支援(公助)や自助だけでは解決できない移動の問題を、地域社会やコミュニティ内での相互扶助によって解決する観点です。

  • 具体的には、NPOやボランティアによる移動支援、地域住民同士の送迎サポート、デマンド交通など、地域に根差した多様な共助の仕組みづくりが挙げられます。

3. 「移動の能力主義」からの脱却

  • 移動の機会を万人に開く: 「移動すれば成功できる」といった移動における能力主義的価値観が、移動できない人々への自己責任論に繋がる危険性を指摘し、移動が個人の努力や能力に左右されない、基本的な権利として保障されるべきという観点です。

  • 誰でもアクセスしやすいインフラ整備や、移動による経済的・社会的利益を独占させないための制度設計などが求められます。

4. ジェンダー不平等への対処

  • 移動格差がジェンダーによっても強く規定されていることを踏まえ、女性やケアラー(介護者)の移動にまつわる障壁(時間的制約、安全性の問題、経済的負担など)を解消するための具体的な方策が提案されます。


これらの方策は、「移動の自由」がすべての人に開かれる「モビリティ・ジャスティス(移動の正義)」を実現するための多角的なアプローチとして位置づけられています。


💡 「移動すれば成功できる」という考え方の問題点

 「若いうちにたくさん旅行したほうが成長する」「海外留学やインターンは就活で有利」といった言説は、経営者や実業家といった「移動強者」(自由に移動できる人)によって支持されがちです。しかし、著者はこの考え方を特権的な思想として批判しています。

1. 移動格差の無視

  • この論理の最大の欠点は、そもそも誰もが自由に移動できるわけではないという「移動格差」の現実を無視している点です。

    • 経済力(金銭):海外渡航や長期留学には多大な費用がかかります。低年収層は物理的に移動の選択肢が限られます。

    • 技能(スキル):海外での移動や活動には語学力が必要です。学歴や学力が移動格差を生む一因となります。

    • ネットワーク:移動先でのネットワークやコネクションも、移動を成功に変えるための重要な資源です。

  • 「移動資本」(経済力、技能、ネットワーク)を持たない「移動弱者」は、移動したくてもできない構造的な不平等に直面しています。

2. 「移動の能力主義」と自己責任論

  • 「移動すれば成功できる」という思想の背後には、移動における能力主義(メリトクラシー)が潜んでいます。

  • 移動による成功を個人の能力や実力によって達成されたものと見なすことで、以下の問題が生じます。

    • 成功者の傲り:「私はたくさん移動したから成功した」という確信が、移動できたこと自体が恵まれた特権であるという認識を覆い隠します。

    • 移動弱者への自己責任論:移動したくてもできない、あるいは移動の結果成功しなかった人々に対し、「意欲がない」「努力不足」「自己責任」として片付けてしまう論理に繋がりかねません。

3. 格差再生産のスパイラル

  • 移動強者がさらに移動を重ねて新たな知見やネットワーク(ネットワーク資本)を獲得することで、さらに社会的な成功を収めやすくなります。

  • このように、移動とネットワーク資本が結びつくことで、富裕層はさらに成功し、移動困難層は選択肢を奪われるという格差再生産のスパイラルが強まってしまいます。

結論

 「移動すれば成功できる」という言説は、構造的な不平等環境要因を無視し、移動できない人々を「凡人」や「負け組」と見なす危険性をはらんでいます。著者は、移動の機会や可能性は人々に等しく与えられていないという現実を認識することが重要だと訴えています。