この関係は、単に「心(思考)が体(遺伝子)に影響を与える」というだけでなく、思考や学習が脳の神経回路の機能を変えるメカニズムとして注目されています。
思考がエピジェネティクスに影響を与えるメカニズム
思考やストレスなどの精神的な環境要因がエピジェネティクスに影響を与える主なルートは、ホルモンや神経伝達物質の働きを介したものです。
ストレスとホルモン応答
強い不安や継続的なストレス(ネガティブな思考を含む)を感じると、体はコルチゾールなどのストレスホルモンを分泌します。
これらのホルモンは血流に乗って脳や全身の細胞に届き、特定の遺伝子の「スイッチ」であるエピジェネティックな修飾(DNAメチル化やヒストン修飾など)を変化させます。
特に、思春期などの発達期におけるストレスは、成体になってからの行動パターンや精神疾患の発症に関連する遺伝子の発現に、持続的なエピジェネティックな変化を引き起こすことが動物実験などで示されています。
学習と記憶の形成
何かを学習したり、記憶を形成したりする過程は、脳の神経細胞の接続(シナプス)が強化・再構築されることによって起こります。
この神経回路の変化には、特定の遺伝子を一時的または長期的に活性化したり不活性化したりするエピジェネティックな修飾が重要な役割を果たしていることが分かっています。新しい記憶を定着させるために、必要なタンパク質を作る遺伝子を「オン」にする制御が行われていると考えられます。
意識的な思考の可能性
「人は思考・意識によって自身の内的な環境を変えることができ、それが遺伝子レベルで変化を与える」という考え方があります。
これは、ネガティブな思考がストレスホルモン分泌を促すのと逆に、ポジティブな思考や意識的な訓練がストレス反応を緩和し、結果として遺伝子の発現パターンに健康的な影響を与える可能性を示唆しています。
エピジェネティクスの変化と精神疾患
エピジェネティクスの研究は、精神疾患の理解において非常に重要です。
脆弱性の発現
遺伝子変異(DNA配列の変化)がないにもかかわらず、エピジェネティックな異常が、がんや生活習慣病、精神疾患(うつ病、統合失調症など)の発症に大きく関与していると考えられています。
環境と遺伝の相互作用
特定の遺伝的要因を持つ人が、ストレスという環境要因にさらされることで、脳内の特定の神経伝達物質に関連する遺伝子にエピジェネティックな変化が起こり、精神疾患への脆弱性が高まるといったメカニズムが研究されています。
このように、私たちの思考、感情、経験(環境)が、DNAの配列を変えずに遺伝子の使い方を制御するエピジェネティクスを通して、脳の機能や精神状態に持続的な影響を与えていると考えられています。