2018年6月28日木曜日

上体反らしをすれば腰が楽になるはずなのですが……「視る力」と「吸う力」で反るべし~やる気向上

「上体を反らす」と、腰の機能が正常化します。

なので、リハビリの世界では腰を反らした姿勢を保持するテクニックが一般化しています。

ただし、きちんと仕組みを理解していないと、逆に痛めてしまうことがあります。

上体反らしをすれば腰が楽になるはずなのですが……


私の塾での上体反らし。

感覚的には、腰を丸めながら(仙骨をのけ反らせながら)胸を反らす感じです。

仙骨ののけ反り(カウンター・ニューテーション)

動き始めに、寛骨は前方回旋することになります。

途中から骨盤全体が前傾することになります。

ただし、仙骨をのけ反らせているため、感覚的には後傾しているように感じます。

吸うと仙骨がのけ反り、胸椎が伸展するため、楽に反ることができます。


これに加え、下部頸椎~上部胸椎を意識的に反らします。

反っていく方向をきちんと視ることが大切です。

頭蓋骨の動きに脊柱全体の動きがついてくるからです。

後頭下筋群の機能が、「安定性の確保」「視る・聴く・嗅ぐの補助」であることを忘れてはいけません。


私たちの身体は、「視た方へ動く」のです。

後頭下筋群

機能運動学的に上体を反らせるメリットは、「積極性の向上」です。

「やる気」が湧いてくる=モティベーションが上がるのです。


今日の安部塾も、「上体反らしまつり」です。

13:30~ 機能運動ヨガレッスン
15:30~ 塾生講座
18:00~ 機能運動ヨガレッスン
19:30~ 機能運動ヨガレッスン
21:00~ 塾生講座

お待ちしておりますw

2018年6月27日水曜日

視る・聴くことから身体操作が始まる

視覚と聴覚の一次中枢からの情報を、順次高次の処理を重ねていく。するといつの間にか、視覚と聴覚からの情報が体系的に一致し、ある程度交換可能になる。これは基本的には、皮質とくに連合野の、各部位の構造=機能形式が類似するためであろう。養老孟司

「視る」「聴く」の処理を重ねること。

「見る」「聞く」で終わらないこと。

視ると聴くが交換可能になると世界がひろがる。

「視ない」「聴かない」でいると終わる。

身体を操るということは、優れた他者の動きを正確に真似することができるということ。

真似るためには、よく視てよく聴くことが不可欠。

動けない人を観察すればすぐにわかる。

動けない人は、優れた他者を視ない聴かない。

2018年6月26日火曜日

コミュニケーションできない人は、自分のレベルで相手のメッセージを受け取る。

コミュニケーションできない人は、自分のレベルで相手のメッセージを受け取る。心地よいコミュニケーションは、相手のレベルに合わせることである。加藤諦三


身体操作は、自分の身体に対して指令を出すことで成立します。

この理由で、自分の身体とコミュニ―ケーションできれば身体操作がうまくなります。

同じ理由で、他者とのコミュニケーションがうまくいきます。

身体操作のうまさと対人コミュニケーションの円滑さには、相関関係があるようです。


KANON ヨガレッスン


身体操作でケガをする人は、対人関係ではトラブルメーカーだったりします。

自分の身体を乱暴に使う人は、乱暴な対人コミュニケーションをしがちだということです。


なぜコミュニケーションがうまくいかないのか?

「自分のレベルで相手のメッセージを受けとる」から。


どうしたらいいのか?

「相手のレベルに合わせる」といいのです。


身体機能を理解することで、身体がうまく動くようになります。


対人コミュニケーション能力は、生きていく力そのものです。

自分のレベルで相手のメッセージを受けとるのではなく、相手のレベルに合わせる。

そういう態度で臨むことが大切だと思います。

対人コミュニケーションがうまくいけば、さまざまなことがあらゆる面で良くなっていきます。

2018年6月25日月曜日

機能運動ヨガが地味に盛り上がっています~圧倒的な練習量が、自分の未来を変えていきます。

7月東京集中講座の詳細が決まりました → 7月東京集中講座詳細

機能運動ヨガ尽くしです(笑)。


昨日の下関集中講座の様子。

巨舟


フルコブラ

今日の薬院校は、13:30~・18:00~・19:30~ 機能運動ヨガレッスンです。

みっちり、身体能力を磨きます。


冬の間に、座学をきっちり学んだ人たちの伸びが著しいです。

近道なんてありません。

プラクティス・メイクス・パーフェクト。

地味な練習の積み重ねが、美しい身体をつくるのです。


圧倒的な練習量が、自分の未来を変えていきます。

安部塾に来て、たくさん練習してください。

2018年6月23日土曜日

7月20~22日の東京集中講座は「機能運動ヨガレッスン」やります。

7月の東京集中講座は、機能運動ヨガ尽くしです。

冬期間に蓄積した基本をベースに、体位を深めていきます。

■7月20日(金)
19:00~21:00 機能運動ヨガレッスン・ベーシック(基本体位の通し)

■7月21日(土)
10:00~13:00 機能運動ヨガレッスンA(前屈系中心)
14:00~17:00 機能運動ヨガレッスンB(側屈・回旋系中心)
17:30~20:30 機能運動ヨガレッスンC(後屈系中心)

■7月22日(日)
10:00~13:00 機能運動ヨガレッスンD(前屈・側屈系中心)
14:00~17:00 機能運動ヨガレッスンE(後屈・回旋系中心)
18:00~20:00 コスプレde舞レッスン(手の動作・首の動作など)

心地よい疲労感と健全な筋肉痛をお楽しみください(笑)。

詳細決まり次第、お知らせします。

通しを終える頃には、相当なレベルで機能が上がっているはずです。

スタジオIBUKIで、お会いしましょう。

2018年6月21日木曜日

トラブルメーカー=トラブルを起こす人

30~50歳までトラブルメーカーだった人が、トラブルを起こさなくなる可能性は低いそうです。

トラブルがあるのが日常であり、常に相手に問題があると解釈するので、改善のしようがありません。

本人に、問題意識がない場合が大半です。

なので、一般的なマニュアルでは、「距離をおいて、できるだけ関わらないこと」が推奨されています。

いつの間にか巻き込まれて、ダメージを受けることになるからです。

ただし、自身にトラブルメーカー的な要素がなければ、そもそもの縁ができません。

なので、相手の問題というより、自身の問題であるといえます。

お付き合いしていくなら、福徳円満がいいですよね。

めんどくさい人・感情的な人にリソースを使うのは無意味です。

好きなこと・好きな人に集中しましょう。

2018年6月20日水曜日

遊びをせんとや生まれけむ~舞え舞え~人は、死ぬ必要がないから生きる

梁塵秘抄より

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。

遊びをしようとして生まれてきたのであろうか。あるいは、戯(たわむ)れをしようとして生まれてきたのであろうか。無邪気に遊んでいる子供のはしゃぐ声を聞くと、大人である私の身体までもが、それにつられて自然と動き出してしまいそうだ。

舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。

舞え舞えかたつむりよ。舞わないなら、子馬や子牛に蹴(け)らせてしまおう、踏み割らせてしまおう。本当にかわいらしく舞ったなら、花の美しく咲く楽園にも遊ばせてやろう。


美しく舞わなければ、生きていけない。

読みようによっては、そんな残酷な歌という感じがします。


で、遊びをしようとして生まれてきたのでしょうか?

戯れをしようとして生まれてきたのでしょうか?

私はそうだと思います。

遊び戯れるために、生まれてくるのだと思うのです。


スルメロックさんのTweetより


人は、死ぬ必要がないから生きるのだという理由で生きていけばいいと思います。





遊ぶこと・戯れることを我慢している人は、他人が遊ぶこと・戯れることをゆるせません。

我慢する人は、いつも不機嫌です。

受け身な攻撃性が、嫉妬心の炎を燃え上がらせます。

我慢する人は、他人に厳しくなります。


我慢の限界を超えると爆発します。

爆発するくらいなら、遊び戯れればいいのに。


悩む人というのは、敵意を隠して生きています。

悩みがあると相談ばかりしている人の顔が憎悪に歪んでいる理由です。


人は、死ぬ理由がないから生きています。

生きたいからとか、死にたくないからという理由で生きています。

なので、遊び戯れて生きた方がいいと思うのです。

遊び戯れて生きていきましょう。

好きなことに打ちこみましょう~熱量をあげましょう

「ひとに関わること」をしていくためには、とてつもない熱量が必要です。

嫌々やっていけるレベルの熱量ではありません。

好きだからやっていけるレベルの熱量です。

なので、好きなことに打ちこむことが成功の鍵になります。

自分の能力(体力・気力・精神力)を過信したら、即壊れて欝状態です。

取り組むことを分散させずに、集中させなくてはなりません。

取り組む相手も分散させずに集中させなくてはなりません。

「誰に関わるか?」は「どんなことをするか?」と同じくらい重要です。

現在進行形でうまくいっていない人と組むと、熱量を奪われます。

(自身がうまくいっていない場合は、相手に要らぬ負荷をかけている自覚が必要です)

現在進行形でうまくいっていない人が、自身を成長させることに熱量を使わない場合、うまくいくようになる可能性はほぼないと思います。

自身の未熟を認めない人と関わるメリットは、ほぼありません。

対して、自身の未熟を認めている人と活動を共にすると、喜びに満たされます。

誰かの成長に付き合うのは楽しいですから。

「わかってくれない~わかって欲しい」

「かまってくれない~かまって欲しい」
 
その次元で絡みついているうちは、相手の熱量を奪うヴァンパイアに過ぎません。

めんどくさい人は、心の中の憎しみゆえに孤立してしまうのです。

「楽しませたい~役に立ちたい」

熱量を共有できるようになってはじめて、お互いに必要な存在となります。

そのためには、「どうせ無理」という呪いの言葉を克服して、「やれるだけのことはすべてやる」という姿勢をつくる必要があります。

好きなことに打ちこむのです。

妬(ねた)み・僻(ひが)み・嫉(そね)み……

嫉妬なんかしているうちは、健全な関係を築くことはできません。

好きなこと・好きな人に打ち込んでいる人に、嫉妬の感情は生まれません。

「認められたい」「ほめられたい」という動機で生きているから、嫉妬に苦しむのです。

話を戻して……

ひとに関わることをするために必要な熱量を維持増大させていくことに集中しましょう。

熱量を奪おうとする人たちとは距離をとりましょう。

彼らを変えようとしてはいけません。

彼ら自身の意思で変わらなければ意味がないからです。

変わるべきは、常に自分自身です。

変われないとしたら、好きなこと・好きな人に集中できていないということです。

「熱量」

中心にいる人の熱量が、その集団のありようを決めます。

私の名=あべ。

アイヌ語のアペ(ape)=火。

音も似ていることですし、火力をあげていこうと思います。

2018年6月19日火曜日

「明るい」ということ~脳のリソースを余計なことに使わない~仲の良い味方を批判するということ

阿寒湖のこまっちゃん

今回の北海道の旅で、「明るいということ」の素晴らしさを実感しました。

同時に、「不機嫌であること」の問題も。


旅の途中、こまっちゃんと「吉祥寺のお初のときは、ほんとに暗かったよね」って話をしました。

いまでは、ほぼ終始いい笑顔です。

こまっちゃん facebook

「人は変われる」って、体現していると思います。










私は、体調が良くない人の意見を信用していません。

そもそもの認知が歪んでいることが多いからです。

認知が歪んでいなければ、体調が良いはずです。

精神状態もね。


良くないってことは暗いのですよ。

自分の暗さって、自分では気づきにくいものです。

鬱陶しがられたり、ウザがられてたら、暗くなってるものです。

暗いと、余計なことばかり考えて、余計なことばかり発言するようになります。


物事の解釈が暗すぎて、ムードブレイカーと化してしまうことになります。


脳のリソースを、余計なことに使うのは賢明ではありません。


そして、私は、仲の良い味方=好きな人をよく批判します。


敵を批判するのは脳のリソースの無駄遣いなのでしません。


相手の問題を解析して説明するのって、おそろしく時間と体力を削られます。

その割に、得られる成果はわずかです。

本人が変わろうと決心した程度にしか変わらないからです。

それでも、数年間お付き合いが続けば、笑っていられる仲になります。


ベースが「憎しみ」と「怒り」の場合、道のりはかなり厳しくなります。

が、足掻き続けていると、意外と何とかなるものです。


「明るいということ」は、とても素晴らしいことだと思います。


そして……

私がその人を変えたり、何とかしようとする必要はありません。

さっさと距離を置くべきなのです。

2018年6月18日月曜日

北海道の高野民芸にトンコリ(アイヌ五弦琴)を買いに行ってきました。

北海道沙流郡平取町字二風谷の高野民芸に「トンコリ(アイヌ五弦琴)」を買いに行ってきました。

高野民芸 木彫り師 高野繁廣(たかの・しげひろ)さん
この記事を読んで、会いに行くことを決めました。

東京生まれの高野さんが二風谷にやってきたのは1972(昭和47)年。ヒッチハイクをしながら道内を放浪する若き旅人だった。初めてアイヌの伝統文化を知り、カルチャーショックを受ける。木彫り職人、貝澤守幸さんとの出会いで人生が変わった。彼女を東京から呼び寄せ、この地で暮らすことを決意。師匠のもとで木彫りの修業を始めた。

引用ここまで


そして、訪問前日のこと……ヒッチハイカーを乗せました。

ヒッチハイカーを拾うw

行先を変更して阿寒湖へ

らいとん似合いすぎw

とまあ、キーワードは「ヒッチハイク」でした。

恩送りなんですよね。

私も昔、ずいぶんやりました。

なので、ハイカーを見つけたら乗せてあげています。


話を戻して、トンコリです。

この演奏を、生で聴けました。



もともとはシャーマンがトランス状態に入り、神霊や精霊と交信するための道具。だから、うかつに弾くと危険なんだ。赤ちゃんを亡くした母親を慰めるために作ることもあり、生きものとして扱うので、いらなくなったときに粗末にすると魔物に化身してしまう」と、その正体を明かしてくれた。

トンコリのカタチは人間がモチーフ。円いヘッドは頭、その下が首、弦を巻く棒は耳、そして胴体、先端は足。高野さんのトンコリには、火の神である燠(おき)を水の中で消して炭にし、イナウキケ(削りかけ)で包んだものをサンペ(心臓)として中に取り付け、命が吹き込まれる。胴の穴はヘソで、最後の仕上げにラマッ(魂)として、ここからトンボ玉を入れる。現在は三味線の弦を使っているが、昔はエゾシカなどの腱で弦を作っていた。

引用ここまで


数か月前、日本の神話伝承を調べているうちに、「武内宿禰の琴」が気になりだしました。

古代日本で、交信の道具として使われていた琴。

それを再現したかのようなトンコリが二風谷にあることを知りました。

二風谷で実際に手にして弾いてみた瞬間、「やっと出逢えた」と感じました。


これから、私の元で力を発揮してくれると思います。


30年ぶりの北海道は、私の気持ちを劇的に明るくしてくれました。

また近いうちに、二風谷に行きたいと思います。

2018年6月14日木曜日

心を開く=胸を開く=胸椎伸展=ショルダーオープン=ハートオープン

暖かくなってきたのでヨガ始めたら、気温低下(笑)。

最近は後屈系の動きを多めにやっています。

立ち弓

コブラ

当たり前のことですが、心を開いていない人は胸が開きません。

物理的に無理やり胸を開くと身体が壊れます。

心を開けば、自然と胸は開きます=上体が反ります。

股関節(ヒップ)も同じく、綺麗に開きます。


感情の乱れや認知の歪みは、即、身体の形状の歪みとしてあらわれます。

身体が動かないとか姿勢が崩れているというのは、意外と深刻な事態なのです。

綺麗に胸を開くためには、他人を思い通りに動かそうとしないのが基本です。

機能解剖学通りに反るということ自体が、自分を正しく操作したいということなのです。


これもごく当然のことですが、綺麗に反れる人は好印象です。

穏やかでやわらかい表情ですから。


今日の薬院校レッスン(13:30~ 18:00~ 19:30~)と塾生講座(15:30~ 21:00)ともに、ヨガの解剖学やります。

2018年6月12日火曜日

反るということ(バックベンド=後屈)~仙骨ののけ反り

6月から、安部塾は「ヨガアーサナ強化月間」です。

そんなわけで、機能運動学に基づいた塾生たちの反りポーズ。

フルコブラ/ハト


コツは、「仙骨ののけ反り=反うなづき運動」です。

今日の大手門でもやります。

2018年6月11日月曜日

コミュニケーション能力とは、話を聴くことができる力・所作を真似る力

コミュニケーション能力があると、明るく楽しく生きていけます。

ヒトという有機生命体は、仲間同士で協力し合って生き延びるという特徴をもっています。

相手の話を聴けない人は、相手と協力することができません。

相手の所作を真似ることができない人も。

トラブルメーカーさんや孤立屋さんには、相手を操作・支配しようとする特徴があります。

相手を自分の思い通りに動かせる・変えることができると、本気で考えていたりします。

この世において、最も暗い考えは「相手を操作しよう・変えよう」です。

当然の帰結として、人生のすべてが暗くなります。

とはいっても、暗いのがデフォルトなので、当の本人は暗さを自覚することができません。

まわりにいる人たちも操作系なので、それが当たり前だと勘違いしています。

ナルシシズム(うぬぼれ)と劣等コンプレックスをこじらせた結果です。

他人を操作したい・変えたい人は、協力関係をつくれません。

せいぜい支配服従関係か主従関係がつくれるくらいです。

動機のすべてに、憎しみと攻撃性が絡みます。

嫉妬は、すごくわかりやすい攻撃性です。

心配も、すごくわかりやすい憎しみの念です。

嫉妬と心配に生きている人たちを数秒観察すれば、暗すぎるのはすぐに認識できます。

暗すぎて、コミュニケーション能力が存在しません。

現実・事実に基づかずに、自分の考えに基づくために、あらゆる面で破綻します。

が、やはり、自分で自分が破綻していることには気づきません。

気づいてるように見える人も、よくよく観察すると、見当違いの自己分析をしています。

何の問題もそうなのですが、問題の当事者は、何が問題なのかがわからないゆえに、問題を引き起こしているのです。

自覚できるくらいなら、はなから問題は起きないのです。

面白いことに、トラブルメーカーさんや孤立屋さんは、アドバイスしたがりです。

というより、アドバイスしていないと心の平穏を保てません。

いえ、アドバイスしていても保ててはいないのですが(笑)。

アドバイスする仕事をしたがるのですが、圧倒的に需要がありません(笑)。

なので、やたらとキャンペーンをします。

自分自身の特性に問題があるという自覚がないので、セミナーを渡り歩きます。

どんどん泥沼にはまります。

需要がないのは、相手の話を聴けないから、相手の所作を真似できないからなのですから。

泥沼にはまると、事実を指摘してくれる人に突っかかります。

事実を指摘してくれる人は、関わってくれなくなります。

あとは、落っこちるだけです。

一見、うまくいっているように見えますが、それはうまくいっているように見せているだけで、実際は破綻しています。

破綻するほど、見かけだけは取り繕おうとするので、闇落ちが深刻化します。

……という展開にならないよう、相手の話を聴く力を身につけることをオススメしています。

相手の所作を真似ることができる能力も。

コミュニケーション能力があれば、明るく楽しく生きていけます❤️

2018年6月8日金曜日

余計なことをしないということを選択する

よけいなことはするな


50歳になったので、「余計なことをしない」という選択をしています。

余計なことをしないで、やりたいことをやることにしました。

やりたいことを明確にするためには、余計なことをやめてしまうことが必要です。

余計なことに能力を分散させれるほど、私の残り時間はありませんから。


同じ理由で、他人の時間を奪わないようにしています。

相手にとって「余計な人」にならないように(笑)。


塾をやっていて、ダメな人の見分け方がわかるようになってきました。

「新しい方法ばかり追い求める人」はダメです。

「成果が出る方法にだけ注力する人」はうまくいきます。

少し観察すればわかりますが、新しい方法ばかり追い求めている人は破綻しています。


あれこれ手を出している人を観察してみましょう。

失敗しかしていません。

成功する方法を継続できないのだから当然です。

何より、余計なことばかりしていたら友達がいなくなります。


(余計な)知り合いは増えてしまいますが。


余計なことをする人は愛されません。


仕事の収益も、余計なことをしなければ増大し続けます。

余計なことばかりしていると悪化の一途をたどります。


塾やっていて痛感したのは、余計なことばかりやる人に、

「余計なことばかりやるのはやめよう」

とすすめても無駄だということです。


何がまずいのか、まるでわかっていないからです。


で、思いました。

余計なことばかりやる人に関わること自体が余計なことなのだと。


そんなわけで、安部塾に集中する人にだけ注力することにしました。

そもそも、身体操作自体が「余計なことをしない」のが基本ですしね。


「どうしたらいいのか?」を学ぶより、「何をやめたらいいのか?」を学ぶようにする。

そうすると、結果的にやりたいことがやれます。

2018年6月7日木曜日

なぜヨガをやるのか? なんのためにヨガを学ぶのか?

今日(7日)の昼の塾生講座は13:00~です(15:30~ではありません)。

今日もヨガのアーサナ(体位)の解説です。


本題。

問 「なぜヨガをやるのか? なんのためにヨガを学ぶのか?」

答 「ナルシシズム(うぬぼれ)と嫉妬心の克服のため」

なのだと思います。


現実世界のヨガ界隈は意外と泥沼です。

虚栄心の塊みたいになったりとか、

自己顕示欲丸出しになったりとか、

承認欲求が前面に出てたりとか、

ナルシシストだらけだったりします。


自分に陶酔してしまいがちなのです。

自己への陶酔と執着が他者の排除に至ります。

地位や目標の達成により自分の満足と周囲の注目を得ようとします。

日常生活における自分の役割について過剰に他人に依存します。


そして、集団ナルシシズムに陥ります。

フロム先生が言う悪性の自己愛です。


本末転倒ですね。


仏教に「泥中の蓮華(はすのはな)」という言葉があります。

泥の中に、美しい蓮華が咲きます。

ナルシシストだらけの人の群れの中に、美しい華を咲かせている人がいます。

ただ、その比率はなぜだか一般社会以下なのですが。


「余計なリキミをなくす」

「無駄な力を抜く」

「自分の軸を大切にする」

そんなことをテーマにプラクティスしている人は、他人を緊張させません。


そんな人に出会うまで、ヨガなんてやらない方がいいのかもしれません。

「師に出会えるレベルに達するまで、自助努力せよ」と古典ヨガ教本に書いてあります。

さいわい、解剖学ベースのヨガは自己学習可能な時代です。

ナルシシズムの勉強をしながらやれば、危険性は低くなります。


ヨガブームが終焉を迎え、他の身体メソッドが雨後のタケノコ状態に乱立しています。

ナルシシズムに陥らないよう、慎重にメソッドを選んで欲しいと思います。

2018年6月6日水曜日

6月の大阪・神戸の集中講座について(首の解放と膝の使い方)

膝関節をうまく使えると、動きがとても美しく力強くなります。

膝関節の動き

6月の大阪・神戸の集中講座の御案内です。

■6月21日(木)大阪集中講座 → 詳細
・首の緊張をゆるめて頭部を正しい位置へ導く~脊柱を二方向に伸ばす
・脊柱の軸伸展~反り=バックベンド(後屈)
・爪磨き(ネイルケア)の解説と実技

Alexander Technique

■6月30日(土)神戸集中講座 → 詳細

・膝関節と運動連鎖~痛めやすい膝関節の構造と動きについて
・大腿と下腿の使い方

筋骨格のキネシオロジー 膝関節
御参加お待ちしております。

2018年6月5日火曜日

丹さんとお茶しました~マイノリティ同士のつながり

今日のKANONのレッスン後、王丹さんとお茶しました。

ちょうど、6月からヨガ再開したので、ナイスなタイミングでした。

以前、KANONクラスが丹さんのマイソールの後だったので、よくお会いしてました。

で、考えてみたら、サシで話すのは初めてでした(笑)。


懐かしの1枚。

20140408 KANON

アーサナあるある話とか、ケガをしないテクニックとか、いろいろお話しました。

彼女も私も少数派(マイノリティ)です。

マイノリティ同士ゆえ、話が合います(笑)。

また、お互いに時間をつくってお話することになりました。


考えてみたら、私と同じような特性を持つ人に出会うことはほぼありません。

貴重な出会いなんだなって実感しました。


ヨガをやってみたい人には、丹さんをおすすめします。

2018年6月4日月曜日

八面山合宿を終えて。お祝いありがとうございました。

6月2・3日は、八面山で合宿をして、50回目の誕生日をお祝いしてもらいました。

八面山

八面山

福貴野の滝

石舞台

歴史博物館 

青の洞門

たくさんのお祝いメッセージをいただきました。

「周りが笑顔で溢れていますね」という内容のメッセージがたくさんありました。

私は、本当に人に恵まれていると思います。

まわりの人たちを笑わせていくことを、私の余生の基本にしたいと思います。


ありがとうございます。

そしてこれからも、よろしくお願いいたします。

2018年6月2日土曜日

わたしとあなたが、私たちの基本。一緒にいてはじめて世界を変えられる。

50歳になりました。

パールズ先生の「ゲシュタルトの祈り」を読んでいます。


人生の節目にはいつもパールズ先生の言葉がリフレインします。


ゲシュタルトの祈り - ゲシュタルト・インスティテュートより

ゲシュタルトの祈り・最後の一行の謎を解く 岡田法悦

ゲシュタルトの祈り・最後の一行の謎を解く 岡田法悦

ゲシュタルトの祈り・最後の一行の謎を解く 岡田法悦


私は、あなたの期待にこたえるために生きているわけではありません。
あなたは、私の期待に応えるために生きているわけではありません。

出会えればよし、出会えなければそれもまたよし(しかたがない)。

私とあなたが、私たちの基本です。
一緒にいれば、この世界を変えていけます。


二人の人間は、基本的に相容れないものです。

自分以外の他の人とは、革新的には相容れないものなのです。

『……しかたない』のです。


真のコンタクト~私とあなたの関係は、『起こす』ことができません。

何が起きるかをコントロールしようとせず、

起きることを起きることにまかせ、

ありのままに自分として向き合うのです。


そして、二人の絆は、最後の最後までつながるのです。


読みながら、私は思いました。

今日からの安部塾のテーマは、

私とあなたが、私たちの基本です。
一緒にいれば、この世界を変えていけます。

にしようと。


私の役目もまた、「あなたの防衛を揺り崩す」ことです。

他人の期待に応えようとするのも防衛です。

自分の性分を抑圧した関係は不自然です。

自由意思で自然に一緒にいたいと思ってもらえない限りそれを無理強いすることはできないが、それでいい」のだと思います。


今日・明日は、八面山合宿です。

今夜の講座で、「私とあなた」について語ります。


私は、あなたの期待にこたえるために生きているわけではありません。
あなたは、私の期待に応えるために生きているわけではありません。

出会えればよし、出会えなければそれもまたよし(しかたがない)。

私とあなたが、私たちの基本です。
一緒にいれば、この世界を変えていけます。


参加者のみなさま、一緒に世界を変えていきましょう(笑)。

2018年6月1日金曜日

「誰もあなたに興味ない」という現実

「誰もあなたに興味ない」

「誰もあなたに関心なんてない」

「誰もあなたを見ていない」

「誰もあなたを気にしていない」

そんな、当たり前の考え方が流行しています。


実際、自分が思っているほど、他人は興味をもってくれてはいません。

面白いことに、誰からも興味をもたれなさそうな人ほど、興味をもたれていると感じています。

盛大な勘違いです。

興味をもってもらえるなんて、とてつもなく稀有なことなのです。


めんどくさい行動をとる人は、「誰もあなたに興味ない」ということがわかっていません。

だからめんどくさいのです。


「誰もあなたに興味ない」ということがわかっていれば、行動が最適化されます。

行動が最適化されると、なぜだか興味をもたれる存在となります(笑)。