2019年3月19日火曜日

触れられたい人・触れられたくない人・触れたい人・触れたくない人

4月から、「触れる」系のワークをやめる。

触れられたくない人から触れられるのが苦痛。

触れたくない人に触れるのが苦痛。

そんな訴えが相次いだためだ。

お金を払って、触れ合いたくない相手とワークをするのは嫌だと思う。

現場責任者である僕にできることは、現場を止めることだけだ。

いろいろ批判をいただいた。

主だったのは、「自分自身の身体すら丁寧に扱えない人に他者の触れさせるなど、安全管理上問題では?」というもの。

実際に、事故も起きた。

こちらは、対策のしようがあるかもしれなかった。

もうひとつの理由、「気持ちが悪い」に関しては、対策のしようがない。

気持ちが悪いのは、気持ちが悪いのだ。

だから、グループワークでの触れ合いはやめた。

仲の良い、お互いに触れ合いたい人たちが相互同意の元で触れ合うのは自由だ。

しかし、そうでない場合の触れ合いはやめる。

触れたい・触れられたいという相互同意が成立していれば問題は起きない。

今後、触れ合いのワークは相互同意が確認できたメンバーでのみでクローズで実施する。

触れること・触れられることを拒否される人は、冷静に理由を考えてみて欲しい。

相手のせいにするのは、方向性が間違っていると思う。

対象がひとりならともかく、多くの人から拒否されている現実を認知して欲しい。

僕は、板挟みになっても何もしてあげれない。

自分が何故「気持ち悪い」という評価を受けているのか、メタ認知能力を全開にして感じて欲しい。

支配的態度や清潔感のなさ・におい等々……

ちゃんと理由はあるものだ。

今後は、基礎的な機能解剖学の積み重ねと感覚訓練に特化する。

触れ合いのワークは、安部塾グループワークから消える。

僕の得意分野を封印せざるを得ないのは残念だ。

しかし、もうこれ以上、トラブルを重ねるわけにはいかない。

被害に遭われた方で、他に何か意見があったら教えて欲しい。

同じ間違いは繰り返したくないから。

Facebookのメッセージでいただけたらありがたい。

21日の閉校のとき、経緯とこれからの対策を説明する。

いろいろ批判をいただいたお陰で、安全性と快適性を確保する自覚が生まれた。

本当に感謝している。



2019年3月18日月曜日

自信について~他者を支配しないという決断をするということ~可愛いということ

「義(ぎ)を見て為さざるは、勇(ゆう)なきなり。過ちを改めざるこれを過ちという」

「正しい行為と知りながら行動しないのは、勇気に欠けている証拠である。過ちは仕方のないこと。過ちをおかしても改めようとしないことこそ、真の過ちというものだ」



孔子先生

■支配
ある要因が人や物事に影響を及ぼして、その考えや行動を束縛すること。


他者に対して支配的に接するれば接するほど、自信を失う。

良好な人間関係の構築が困難になる。

他者を支配をして楽をすると、自信を失うことになる。

怠惰になり、搾取をすることばかりを考えるようになる。


他者と対等に付き合うことができない。

自分より弱そうな相手に対しては上から目線となる=支配的になる。

自分より強そうな相手に対しては下から目線となる=服従的になる。

支配も服従も、依存的な状態だ。


依存的な状態の人は、自分で判断したがらなくなる。

誰かに判断を仰ぐようになったり、占いで決めるようになる。


自分で判断できる人は、「自分には力がある」と実感している。

自分の力で人生をよくしていけるという自信がある。

そして、日々、良い方に成長していく。

安部塾憲章『自ら考え、自ら行動する」を体現する。


人を支配したがる人は、「支配することで力を感じられる」と勘違いしている。

それはただの依存状態でしかないので、存在感がない。


支配しないという決断をする。

服従しないという決断をする。

支配も服従もしないでいられる存在状態が、周りの人たちに好影響を与える。

「あなたは自分の力で自分を変えることができる」という事実を伝えることができる。


自信がある人は、他者を支配する理由を持たない。

他者を支配する必要性を微塵も感じない。


自信がないからこそ、他者を支配することで力を感じたいと願う。

しかしそれは、その他者が自信を持つことを恐れるという結果を招く。

つまり、支配したがる人は相手が良い方に成長することを望んでいない。

だから、相手が自力で道を切り拓きだすと興味を失う。


他者を支配しようとする人は、決して『自由』にはなれないのだ。

自由になれないがゆえに、自由人を目指す。

その手段が支配であるゆえに、うまくはいかない。

自由に生きるということは、他者を支配しないということそのものだから。


そして、支配にはもうひとつ問題がある。

相手が『服従』を選択せず、『反発』を選択するということだ。

結果、ますます自信を失い、支配を強めようとすることになる。

誰かの威を借りて支配しようとすらする。


そして、支配するために『愛』とか『感謝』とか耳障りのいい言葉を口にする。

そんなみすぼらしい人間に、運命の銅鑼は鳴らない。

人は、支配してこようとする人間を信頼しない。

信頼に信頼で応える状態が「うまくいく」ということなのだから、うまくはいかないのだ。


相手を支配しないということは、相手を尊重する選択をするということだ。

相手を尊重するとき、人はその相手のことを『可愛い』と感じる。

その逆も言える。

その相手が可愛いから、相手を尊重するのである。


支配しようとする人は可愛くない。

その可愛くなさを相手に投影するので、相手のことを可愛いと感じることができない。

自分の闇が、相手に投影されるのだ。

そして、孤立化し、孤独な状態に陥っていく。


支配しようとするのをやめればいいだけなのに、手段が間違っていると考える。

小手先のメソッドでどうにかしようとする。

しかし、そんなものに効果などないことは、本人は心の底ではわかっている。

どこにも『自分を変えていけるという確信』がないのだから。


薬院校の運営で僕がやらかしたミスは、『支配しようとする人について』の解説をしなかったことだ。

加藤先生の本をすすめれば、わかってくれると甘く考えていた。

支配したい人は、加藤先生の言葉を嫌う。

意味を理解したくないのだと思う。


自信を持ちたいのなら、自分が支配する世界をつくろうとしない方がいい。

世界を信頼し、支配することをやめた方がいい。

育ちがいい可愛い人たちが、自然にやっていることだ。

育ちが悪くても、ミラーニューロンを駆使して育ちがいい人たちを完コピすればいい。


自分のミラーニューロンを信じることだ。


巧言令色鮮し仁

言葉巧みで、表情を取り繕っているものに、誠実な人間はほとんどいない。


真似るなら、他者を支配しようとしない可愛い人である。

2019年3月17日日曜日

ペアワーク・パートナーワークをやめます。

安部塾の立ち上げ以前から、僕はペアワーク・パートナーワークをやらせてきた。

そのペアワーク・パートナーワークを、やめることにした。

理由はいくつもあるが、主な理由はふたつ。

①トリガーポイントの講座で、相手の身体を壊すようなやり方をし、事故を起こした人がいた。

②触れ方が荒い・激しい・強い・気持ちが悪いなど、触れ方に問題がある相手と組むのが精神的苦痛となるという訴え。

①に関しては、以前このブログで書いた通り。事故を起こした人は当塾を去ったが、いつまた起きるかもわからないという不安が残る。

さらに深刻なのは② の問題。

たくさんの人たちから本音を語ってもらった。

荒い・激しい・強いタッチをされるのが嫌なので、参加しなくなったという人たちが、かなりの数いる。

そして、荒い・激しい・強いタッチの人たちは、口頭で注意してもやめてくれない。

①の事故は、この延長線上で起こった。

そして僕がペアワーク・パートナーワークをやめようと決断したのは、「触れ方が気持ちが悪い人に触れられたくない」という多数の意見だ。

この問題は、他のボディワークスタジオでも起きているらしい。

相手を操作するようなベタッとした触れ方だったり、生理的に受け付けない触れ方だったり。

詳しく聴いてみると、そんな触れ方をするの人たちには、ある共通点があることがわかってきた。

「触れて欲しくて参加している」

ギバー(与える人)としてではなく、テイカー(奪う人)として参加しているのだ。

トラブルが起きるのが当然なのだと思った。

そして、多くの人たちがその気持ち悪い触れ方を我慢してくれたことがわかり、本当に申し訳ない気持ちになった。

もうこれ以上、嫌な想いをさせるわけにはいかない。

なので、ペアワーク・パートナーワークをやめる決断をした。

触れ方に問題がある人とやり取りをしてみたが、「触れられる人の態度が悪い」という返答。

まさかの「相手が悪い」という認識だった。

加害者意識はなく、被害者意識しかなかった。

人のせいにしてしまう人に、「触れる」という行為をさせた僕が甘過ぎたということなのだと想い知らされた。

①の事故の後にも書いたが、身体機能を改善しに来ているのに、気持ちが悪くなって帰宅するなんて本末転倒だ。

やめる以外の選択肢はないという結論を出した。

そして、僕自身の問題として、トラブルメーカーをグループワークに参加させてきたということがあることを指摘された。

「トラブルメーカーは、問題を起こしても何の責任もとらずにいなくなるよね?
なぜ参加を許可しているの?」

という意見を聴いて、決意は固まった。

ペアワーク・パートナーワークをやめるだけでは不充分。

トラブルメーカーの参加を許可しないという決断をしなくてはと思った。

参加者総数が減るが、安全性と快適性を最優先することにした。

トラブルメーカー本人からは批判される展開となるが、僕は安部塾のことが好きで塾に来てくれる人たちを撰ぶことにした。

本当に安部塾のことが好きなのであれば、この決断に賛成のはずだ。

批判側にまわるとすれば、自分にしか関心がないということだ。

他の人たちことなどどうでもいいといえことだ。

だから、トラブルメーカーの参加は断ると決めた。

トラブルメーカーがトラブルを起こさない努力を積み重ねて、信用を得たら参加を許可するということもあり得る。

ただ、やり取りをした感じでは、「人のせい」だったので難しいかなと感じている。

合わせて、安部塾でのメンタルワークもやめることにした。

今後はボディワークに専念する。

そして、僕の問題行動だった「来る者は拒まない」をやめる。

「人を選ぶ」ようにする。

孔子先生の論語を読みながら、腹を括った。

21日の薬院校閉校式で、今後のことについて説明させていただくことにした。

同じ失敗を繰り返さないよう、意見を伺いつつやっていきたいと思う。


2019年3月16日土曜日

新宮校は、真面目に真摯に身体操作を学びたい人のみ受け入れることにした。

新宮校の開校準備をしている。

孔子先生の言葉を読み返している。

「有子が曰く、其の人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好むものは鮮(すくな)し。
上を犯すことを好まずして乱を作す(なす)ことを好む者は、未だこれ有らざるなり。
君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は其れ仁の本たるか。」(学而第一)

親を大切にする人は、目上の者に逆らうことを好まない。目上に逆らうことを好まない人で、事を乱すのを好む者はいない。立派な人は物事の本質を大事にする人だ。家族を大切にすることは、思いやりの基本である。

「益者3友、損者3友。直きを友とし、諒(まこと)を友とし、多聞を友とするは益なり。
便辟を友とし、善柔を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり。」(季氏第十六)

自分に良い方向に導いてくれる友とは、正直な人、誠実な人、知識の深い人である、悪い方向に導く友は、外見ばかりを気にする人、表面的にへつらう人、口だけ達者な人である。

「君子は和して同せず。小人は同じて和せず。」(子路第十三)

優れた人は、自分の主体性を失うことなく人と協調する。しかし、そうでない人は、簡単に同調してしまい、その場の雰囲気などに流されるが、協調しようとしない。

薬院校では、人を選ばなかったため、さまざまな問題が生じた。

ヒトの脳には、ミラーニューロンと呼ばれる神経細胞がある。

ミラーニューロンは、他者の行動を鏡のように映し撮り、他者の意図を理解したり、他者の心情を推測したりする。

無意識のうちに、まわりの人たちの考え方・行動・しぐさや口癖が似てくる。

本人にその意思がなくても、周囲の様子を視野に入れるだけで、ミラーニューロンが映し撮り、自分の考え方・行動・しぐさが周囲に似てくる。

自分を高みへと引き上げてくれる人と付き合えば、おのずとその人の立ち振る舞いが身についてくる。

薬院校でのトラブルを振り返ってみると、その原因は「マルチの勧誘」「マウンティング」「コンサルの押しつけ」「ねたみ」「ひがみ」「噂話」など、どこの組織にもありがちなものばかりだった。

トラブルメーカーがいると、真面目な人たちが迷惑する。

たくさんの苦情をいただいた。

新宮校は僕の自宅兼用なので、薬院校でのトラブルの教訓から、トラブルメーカーは受け入れないことにした。

申し込み時に、僕の意見をお伝えし、お断りすることにする。

地道に積み重ねをしたくて塾に通う人たちを最優先する。

「かまってもらいたい人」とは、きっちり境界線を引く。

他者操作や他者支配をしたい人はトラブルを引き起こす。

なので、新宮校には受けいれない。

真面目に真摯に身体操作を学びたい人たちのみ受け入れる。

詳細は、薬院校閉校後、ホームページでお知らせする。

21日の閉校式のときに、これまでのトラブルへの対処のまずさのお詫びと今後の対策の説明をしたい。

2019年3月15日金曜日

安部塾ゴールデンウイーク集中講座(大手門)について。

今年の安部塾ゴールデンウイーク集中講座は、大手門で開催いたします。

内容と料金は調整中です。

日程と会場は、以下の通りです。

■前期
4月27日(土) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
4月28日(日) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
4月29日(祝) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
4月30日(祝) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
■後期
5月3日(祝) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
5月4日(土) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
5月5日(日) 10:00 ~16:30 (09:30開場)
5月6日(祝) 10:00 ~16:30 (09:30開場)

【会場】
ピラティス・ヨガ スタジオKANON(カノン)
福岡市中央区大手門3-7-13 エステート芳賀大手門201


合わせて、新宮校での合宿も開催予定です。

こちらも、内容調整中(定員4名ほど)です。


詳細決まり次第、御案内いたします。

スケジュールを空けておいてくださいね。




2019年3月14日木曜日

美しく立つということ(The Art of Stand beautifully)

3月15・16・17日(金・土・日)、東京集中講座で、『美しく立つということ(The Art of Stand beautifully)』の解説をします。

→ 詳細

立ち方には、自分が何を考え、どう生きてきたのかが正確にあらわれる。

立ち方とは、自分が生きてきた歴史(証し)なのだ。

オータムクラシックSPで音を待つ羽生結弦選手。この立ち姿、半端ない(撮影・小海途良幹)


何をやらせても美しい人がいる。

本質的な意味で美しい。

適正な身体構造で動いている。

そんな人の立ち姿は、息を吞むほどに美しい。


美しく立つためには、骨・筋肉を正確に連動させる必要がある。

人体は、重力に抗いながら素直に直立する構造になっている。

体重が関節の中心にかかる構造なのだ。

この構造のお陰で、各運動器に負担がかからない。

体に痛みを感じる人たちは、美しく立てていない。

美しく立てていなければ、うまく動けない。


羽生さんの立ち姿写真を見ていたら、植芝盛平翁の立ち姿がオーバーラップ。

植芝盛平翁
歳をとられてからの翁の立ち姿が好きだ。





近いものがある気がしませんか?




動きがいい人の立ち姿は美しい。


構造学的に正しい姿勢は、美学的に美しいのだ。


東京集中講座、ご参加お待ちしております。

2019年3月13日水曜日

大切な人たちのために時間と労力を集中させる!

今日、某おじさんと談笑した。

おじさんから、

「安部くんは、めんどくさい人たちに時間と労力を費やし過ぎ。何かいいことあったか?」

と、真顔で言われた。

「大切な人たちに使わないとダメだよ」

で、しばらく話して決めた。

「もう、めんどくさい人たちに時間と労力は費やさない」

僕の父は、めんどくさい人たちに関わり過ぎて早死した。

そして、今日はそんな父の13回忌だった。

父の二の舞は舞わないと誓った。