1. 脳から心臓への影響(トップダウン制御)
脳は主に自律神経系を通じて心臓の活動を制御します。
■自律神経系による調節
・交感神経(アクセル役)
興奮やストレスを感じると活性化し、心拍数や心収縮力を増加させます。
・副交感神経(迷走神経)(ブレーキ役)
リラックス時に活性化し、心拍数や心収縮力を低下させ、心臓の活動を落ち着かせます。
■情動・ストレスの影響:
強い精神的ストレスは、自律神経系のバランスを崩し、心臓に影響を与えることがあります。例えば、強いストレスによる急性の心機能不全である「たこつぼ心筋症(ストレス性心筋筋症)」は、この経路が関与していることが知られています。
2. 心臓から脳への影響(ボトムアップ制御)
心臓や体からの情報は、末梢神経を介して脳にフィードバックされ、意識や感情、認知機能に影響を与えます。
・迷走神経を介した情報伝達
迷走神経の感覚神経線維は、心臓を含む内臓からの感覚情報を脳に伝えます。
・島皮質(とうひしつ)の役割
体からの情報、特に心臓のドキドキといった身体状態の感覚は、脳の島皮質という領域に送られます。
島皮質は、体からの情報を統合し、それを「意識」に変える非常に重要な脳領域であると考えられています。
・感情・不安への影響
心臓の活動(例: 心拍数の急増)に関する情報が島皮質に伝達されることで、「不安」や「恐怖」といった感情が意識化されると考えられています。つまり、「不安だからドキドキする」だけでなく、「ドキドキするから不安を感じる」という側面もあります。
研究の進展
近年の研究では、うつ病患者において心臓から脳への情報伝達が低下していることが示唆されるなど、この双方向通信の異常が精神疾患と関連している可能性が注目されています。
この双方向のやり取りを通じて、心臓と脳は絶えず協調しあい、身体のホメオスタシス(恒常性)の維持や、私たちの心の状態、パフォーマンスに深く関わっているのです。
3. コヒーレンスとは
コヒーレンス(Coherence)とは、「一貫性」「調和」といった意味を持ち、心身の健康においては、特に以下の状態を指します。
■心拍リズムの安定と調和
ストレスやネガティブな感情を抱いているとき、心拍と心拍の間隔(心拍変動: HRV)は不規則でギザギザになります(非コヒーレンス状態)。
コヒーレンス状態では、心拍リズムが、まるでサインカーブのように滑らかに、規則正しく上がったり下がったりする調和の取れたパターンを示します。これは、交感神経と副交感神経がバランスよく相互作用していることを示します。
■心臓・脳・感情の同期
この規則的な心拍リズムは、心臓から脳(特に感情の中枢である扁桃体など)にポジティブな信号を送ると考えられています。これにより、感情が落ち着き、脳の機能が高まり、心と体が同期した最適な状態になります。
5. コヒーレンスの重要性(心臓から脳への影響)
心拍リズムは、単に心臓の動きを反映しているだけでなく、脳の機能に影響を与えるという「心臓から脳への双方向通信」の観点から重要視されています。
・ストレスの軽減
不安やイライラなどの感情で乱れた心拍リズムが脳に伝わると、さらに不安が増幅され、集中力を低下させます。コヒーレンス状態にすることで、この悪循環を断ち切り、ストレスから脱出しやすくなります。
・脳機能の向上
コヒーレンスな心拍リズムは、脳の機能を高めるとされ、集中力、思考力、記憶力、状況把握力などの認知機能が向上することが期待されています。これは、いわゆる「ゾーン」の状態にも関連すると言われます。
・感情のコントロール
感情のコントロールや決断力など、精神的な機能の向上にも役立つとされています。
6. コヒーレンスを高める方法
このコヒーレンス状態を作り出すための具体的なメンタルトレーニング法として、「コヒーレンス呼吸法」や「ハートマス呼吸法」などがあります。
・ゆっくりとしたリズム呼吸
一般的な方法として、1分間に約5~6回(5秒で吸って、5秒で吐くなど)のゆっくりとしたリズミカルな呼吸を行うことが推奨されます。
この呼吸法は、自律神経のバランスを整え、意図的に心拍リズムをコヒーレンス状態へと導きます。
・ポジティブな感情の活用
同時に、心臓のあたりに意識を集中し、「感謝」「思いやり」「愛」といったポジティブな感情を抱くことで、コヒーレンス状態に入りやすくなるとされています。