一般的に、痛みは以下の2種類に分けられます。
急性痛:怪我や病気など、はっきりした原因があり、組織の損傷や炎症が治まれば痛みも引くもの。炎症が主な原因であることが多いです。
慢性痛:痛みの原因となる怪我や病気が治った後も、あるいは原因がはっきりしないまま、3ヶ月以上持続する痛み。
慢性痛における炎症の役割
慢性痛には、急性痛のような組織の損傷に伴う炎症(急性炎症)とは異なるメカニズムが関わっていることがあります。特に重要視されているのは、体内で長期間にわたってくすぶり続ける微弱な炎症、慢性炎症です。
神経の過敏化(感作)
急性痛の原因となる炎症が長く続くと、痛みの信号を伝える神経線維や神経細胞が繰り返し刺激され、その結果、神経系の構造や機能が変化し、過敏化(感作)が起こることがあります。
この過敏化により、通常は痛くないはずの軽い刺激でも痛みを感じたり、痛みの刺激がより強く感じられたりするようになります(これを中枢性感作や末梢性感作と呼びます)。
炎症によって放出される物質(プロスタグランジンなど)が、この神経の感作を促進し、痛みを長引かせる一因となります。
脳・脊髄内の炎症の可能性
最近の研究では、線維筋痛症などの慢性疼痛では、脳や脊髄内の特定の細胞(ミクログリアなど)が活性化し、神経炎症と呼ばれる状態が慢性痛の発症や維持に関わっている可能性が示されています。
炎症と栄養の負のスパイラル
体内に慢性的な炎症があると、炎症を抑えるために必要な栄養素が消費され、結果として痛みを和らげる機能(下行性疼痛抑制系)に必要な栄養素が不足し、さらに痛みを感じやすくなるという悪循環(負のスパイラル)が生じることも指摘されています。
このように、炎症は慢性痛の原因となる病気(関節炎など)に直接関わるだけでなく、神経系に作用して痛みを増幅・持続させるメカニズムとしても重要な役割を果たしています。
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| 腹式呼吸 |
呼吸法が炎症に影響を与えるメカニズム
炎症は、免疫システムの活動であり、過剰または慢性的な炎症は体にとって有害です。呼吸法が炎症を間接的に抑えると考えられる主なメカニズムは以下の通りです。
■自律神経の調整
呼吸は、自律神経系の中で唯一、意識的にコントロールできる機能です。
ゆっくりとした深い呼吸(特に吐く息を長くする)を行うことで、心身を休ませる副交感神経が優位になります。
副交感神経の活性化は、不安やストレスを軽減し、全身のストレス応答を緩和します。ストレスは炎症性サイトカイン(炎症を引き起こす物質)の産生を促すため、ストレスの軽減は炎症の抑制につながると考えられます。
■迷走神経の刺激
腹式呼吸のように横隔膜を大きく使う深い呼吸は、迷走神経を刺激します。迷走神経は副交感神経の主要な神経であり、内臓の活動を調整するだけでなく、免疫細胞からの炎症性サイトカインの放出を抑制する働き(抗炎症作用)を持つことが示唆されています。
■免疫システムのバランス
腹式呼吸などで副交感神経が優位になると、体内のリンパ球数が増加し、免疫力の向上につながるという見解もあります。これにより、過剰な炎症反応ではなく、適切な防御反応を維持するバランスが整う可能性があります。
炎症性疾患に対する応用
呼吸法は、薬物治療のように直接的な抗炎症作用があるわけではありませんが、慢性的な炎症が関わる疾患の症状緩和やQOL(生活の質)の向上を目的とした補完療法として注目されています。
慢性疼痛: 炎症とストレスは慢性痛の悪循環に深く関わっているため、呼吸法で自律神経を整え、リラックスすることで痛みの感覚が軽減される可能性があります。
喘息・COPD: 喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)では、炎症によって気道が狭くなっています。呼吸リハビリテーションの一環として、効率的な呼吸法(腹式呼吸など)を行うことで、呼吸筋を鍛え、息切れを軽減し、呼吸のしやすさを改善する効果が期待されます。
