「努力逆転の法則」とは、何かを達成しようと強く意識し、努力すればするほど、かえってその目的から遠ざかってしまうという心理学的な現象を指します。例えば、不眠を恐れるあまり「寝なければ」と強く意識しすぎると、かえって緊張して眠れなくなる、といったケースです。
慢性痛の文脈でこの法則を考えてみましょう。
痛みの回避行動と増悪:
「痛みをなくそう」「動くと痛くなるから動かないようにしよう」と強く意識し、過度に痛みを避けようと努力(安静にしすぎること)することで、かえって身体が固まり、活動量が減り、痛みの悪循環にはまってしまう。結果的に痛みがより固定化してしまう。
痛みへの過剰な注意(破局的思考):
「どうにかして痛みをコントロールしなければ」「この痛みは危険だ」と痛みに意識を集中し、痛みを減らす努力をするほど、不安や恐怖が増し、神経が過敏になり、結果的に痛みの感じ方が強まってしまう。
慢性痛の治療や克服においては、この「努力逆転の法則」的な状況を避けるため、以下のようなアプローチが重要視されます。
痛みから「意識を外す」ことの重要性: 痛みをゼロにすることを目指すのではなく、痛みがあってもできる活動に意識を向けたり、運動など他のことに集中したりすること(リハビリテーション、マインドフルネス、気分転換など)。
活動と休息のバランス: 痛みを恐れすぎず、段階的に活動量を増やしていくこと(ペーシング)、そして、過度な安静や過度な頑張りを避けること。
痛みの捉え方の変化: 痛みを「危険なもの」「取り除くべき絶対的な悪」として捉えるのではなく、「付き合いながら生活するもの」として捉え方を変えること。
慢性痛の克服には、痛みそのものに対する直接的な努力だけでなく、痛みに対する認知(考え方)や行動パターンを変える努力が必要になることが多いです。
慢性痛における「認知(考え方)や行動パターンを変える」アプローチは、主に認知行動療法(CBT)の枠組みに基づいており、慢性痛の悪循環を断ち切るために非常に重要です。
これは、痛みに対する不適切な思考(認知)や不適応な行動が、かえって痛みを強めたり、生活の質(QOL)を低下させたりするというメカニズムに基づいています。このアプローチによって、痛みがあっても活動できる能力(自己効力感)を高め、主体的に痛みを管理できるようになることを目指します。
1. 認知(考え方)へのアプローチ:認知再構成法
痛みに対するネガティブで非現実的な考え方(認知の歪み)を特定し、より現実的で適応的な考え方に変えていく技法です。
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| 認知再構成法 |
具体的な方法:
痛みの記録: いつ、どんな状況で、どのような考えが浮かんだかを記録し、考えと痛みの強さ、気分との関連性を客観的に見つめ直します。
証拠の検討: そのネガティブな考えを裏付ける証拠と、そうではない証拠を挙げ、「本当にそうだろうか?」と検証し、バランスの取れた新しい考え(再構成された認知)を導き出します。
2. 行動パターンへのアプローチ
痛みによって活動を極端に控えすぎたり、逆に痛みを無視して活動しすぎたりする不適応な行動パターンを修正する技法です。
段階的な活動増加(ペーシング)
痛みが怖いからといって過度に活動を避ける(活動回避)と、筋力が低下し、かえって痛みに敏感になる悪循環に陥ります。
活動基準の設定: 痛みレベルではなく、時間や量など客観的な基準で、無理なくできる活動量を決めます。
例:「今日は痛みが強いからやめよう」ではなく、「痛みの程度にかかわらず、今日は15分のウォーキングだけ行う」と決める。
活動計画の実施: 決めた活動量を守り、少しずつ段階的に増やしていきます。
成功体験の積み重ね: 設定した目標を達成することで、「痛みがあっても大丈夫だった」「自分にもできた」という自己効力感を高めます。
行動活性化
痛みに意識が集中し、楽しい活動や役割活動が減っている状態を改善するため、活動量を増やすことを通じて気分や生活の質を向上させます。
快活動の導入: 楽しめる活動(趣味、人との交流など)や、役割活動(家事、仕事など)を意識的にスケジュールに組み込み、痛みに意識を奪われる時間を減らします。
リラクセーションと注意転換
痛みによる緊張やストレスを和らげ、痛みに集中しすぎないようにするためのスキルを習得します。
リラクセーション: 腹式呼吸、漸進的筋弛緩法などを習得し、体が緊張している状態を自ら緩める方法を学びます。
注意転換: 痛み以外の感覚や活動(音楽鑑賞、好きな作業、マインドフルネスなど)に意識を意図的に向ける練習をします。
