2020年10月23日金曜日

無駄な力をいれず、不要な緊張しない。立つこと秤(はかり)の如(ごと)く~縦横の軸が真っ直ぐ・平らであれば、自由に動くことができる。

立つこと秤(はかり)の如(ごと)く

「一動全動~身体の一部が動けば全身各部で動かない部分はない」

「陰陽相済~一方は腰(下丹田)へ沈み、もう一方は頭頂(百会へと上昇する」

「虚霊頂劲~鎖骨と肩甲骨をゆるめ、肩を沈め胸をひろげる=含胸。背中と腰に息を吸う=抜背⇒抜背。首から頭頂へと上昇していく劲が生まれる」

「沈肩墜肘~腕の拙力を消し、下部肋骨をゆるめ横隔膜を下げて息を吸う」

「虚領頂勁~首のりきみをゆるめ、軽くする。頭頂を軽く引きあげる」

首の力みをゆるめる(虚)にすると、丹田に気が満ちてきます。

日本では、「鼎ノ如二立チ(かなえのごときにたち)」とされます。

鼎ノ如二立チ

鼎(かなえ)

人体は、頭の向きの変化に対応して、全身の筋肉の状態が追従して変化していく構造になっています。「真っ直ぐに伸ばす」というのは、「無駄な力をいれず、不要な緊張しない」ということです。「真っ直ぐに伸ばそう」という邪念・邪心があると、魔がさします(判断や行動を誤ります。姿勢を正そうとすればするほど、カチカチに固まってしまったり、グラグラになってしまったりすることになります。

「人は見ている方に進む」という原則があります。正しい目標があると動きに無駄がなくなります。間違った目標であれば、無駄な動きしかできなくなります。

車のコーナリングがわかりやすいのですが、曲がるときは進みたい方向をしっかり見ることが重要です。外側にふくらんでしまいそうなときは内側を見ます。緊張して外側を見てしまえば、より外側に寄っていってしまう結果となります。内側に巻きこみそうなときは外側を見ます。緊張して内側を見てしまえば、より内側に寄っていってしまう結果となります。興味がある方は、ドリフト走行の教習を受けてみられると体感できるかと思います。人というのは、見ただけでその方向に向かってしまうものなのです。

“Beware that, when fighting monsters, you yourself do not become a monster… for when you gaze long into the abyss. The abyss gazes also into you.”
怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』146節より

「緊張しないようになければ」と、緊張に目を向ければ向けるほどに、緊張そのものになっていきます。緊張をのぞくとき、緊張もまたこちらをのぞいているのです。

身体の使い方を学ぶとき、心しておかねばならないことだと思います。