2026年5月21日木曜日

「肉体を徹底的に安定させ、強固にする、ハタヨガの古典『ゲーランダ・サンヒター(Gheraṇḍa Saṃhitā)』

 『ゲーランダ・サンヒター(Gheraṇḍa Saṃhitā)』は、ハタヨガの古典において「三大経典」の一つに数えられる極めて重要な文献です。17世紀後半頃に成立したとされ、著者であるゲーランダ尊師が、カパーラカパーリ(チャンチャカパーラ)王からの問いかけに答える対話形式で構成されています。

​ この経典の最大の特徴は、身体を器(ハタ)に見立てて徹底的に浄化・鍛錬する「サプターンガ・ヨガ(七支ヨガ)」という独自のシステムを提唱している点です。

​『ゲーランダ・サンヒター』の最大の特徴

​ 一般的なハタヨガ(『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』など)が「4段階」や「8段階」のステップを踏むのに対し、本作は身体を強固な土器のように焼き固め、清めるための7つのプロセスを重視します。

​ ポーズ(アーサナ)や呼吸法(プラーナーヤーマ)に入る前に、徹底的な体内洗浄(シャットカルマ)を行うことが第一ステップに据えられているのが、肉体重視のハタヨガらしい特徴です。

​7つの修練ステップ(サプターンガ・ヨガ)

 ​経典では、以下の7つの実践によって、心身を段階的に高い境地へと導きます。

​1. 浄化(カルマナ / シャットカルマ)

​ 身体を徹底的に掃除し、病気を取り除きます。現代のヨガスタジオでも行われる「ネティ(鼻洗浄)」や、胃を洗浄する「ダウティ」など、6つの高度な浄化法(シャットカルマ)が詳細に説かれています。

​2. 強固(アスナ / アーサナ)

 ​肉体を安定させ、強靭にするための32種類のポーズが紹介されています。これらは人間が実践すべき代表的なアーサナとして厳選されたものです。

​3. 安定(ムドラー)

​ 体内のエネルギー(プラーナ)を逃がさないための「印(ムドラー)」や、エネルギーのロック「バンダ」を扱います。経典では25種類のムドラーが紹介されており、これによって老化を防ぎ、生命力を高めるとされています。

​4. 軽快(プラティヤーハラ)

​ 外の世界に向いている五感(視覚、聴覚など)を内側へと引き戻し、心が周囲の環境に振り回されないようにコントロールする「制感」のステップです。

​5. 軽やかさ・知覚(プラーナーヤーマ)

​ 呼吸をコントロールすることで、体内のエネルギーの通り道(ナーディ)を清め、心を軽やかにします。ここでは主に8種類の呼吸法(クンバカ)が説かれています。

​6. 直感(ディヤーナ / 瞑想)

​ 心を特定の対象に集中させ、瞑想状態に入ります。粗大(肉体的・物質的)な対象への瞑想から、徐々に微細な(光やエネルギーへの)瞑想へと深めていきます。

​7. 超然・解放(サマーディ)

​ ヨガの最終ゴールである「三昧(さんまい)」の境地です。自己の魂と宇宙の根本原理が一体化し、すべての苦悩から解放された状態を指します。

​『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』との違い

​ 同じハタヨガの代表的経典である『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』(14〜15世紀)と比較すると、以下のようなニュアンスの違いがあります。

  • プラディーピカー: ラージャ・ヨガ(瞑想による心の静止)に至るための「手段」としてハタヨガ(肉体の鍛錬)を位置づけている(4段階)。
  • ゲーランダ・サンヒター: より実践的・呪術的・肉体派の色彩が強く、とにかく徹底的に肉体を浄化・改造して神聖な器へと変貌させることに重きを置いている(7段階)。

 『ゲーランダ・サンヒター』の第2章に登場する32種類のアーサナ(ポーズ)について詳しく解説します。

​ 経典の中では、「この世の生き物の数(840万)だけアーサナがあり、そのうちシヴァ神が選んだ重要なものが84種類、さらに人間がこの世で実践すべき完成されたアーサナが32種類である」と説かれています。

​ 特徴的なのは、現代のヨガスタジオで見かけるポーズだけでなく、座法(瞑想のための座り方)や、かなり強烈な肉体負荷を伴うポーズ、さらにはポーズそのものが「ムドラー(印)」のようなエネルギー操作の意味を持つものが混ざっている点です。

 ​以下に、32種類のアーサナの全リストと、特徴的なポーズをピックアップしてご紹介します。

​『ゲーランダ・サンヒター』32種類のアーサナ一覧

​ 経典に記載されている順番に並べると以下の通りです。

  1. シッダ・アーサナ(達人座 / 瞑想座の代表格)
  2. パドマ・アーサナ(蓮華座 / 結跏趺坐)
  3. バドラ・アーサナ(吉祥座)
  4. ムクタ・アーサナ(解脱座)
  5. ヴァジュラ・アーサナ(金剛座 / 正座に近い形)
  6. スヴァスティカ・アーサナ(万字座)
  7. シンハ・アーサナ(獅子のポーズ)
  8. ゴームカ・アーサナ(牛の顔のポーズ)
  9. ヴィーラ・アーサナ(英雄のポーズ ※現代の形とは異なり、座法の一種)
  10. ダヌラ・アーサナ(弓のポーズ)
  11. ムリタ・アーサナ(死体のポーズ / シャヴァ・アーサナ)
  12. グプタ・アーサナ(隠密座)
  13. マツヤ・アーサナ(魚のポーズ)
  14. マツチェンドラ・アーサナ(魚の王のポーズ / 脊柱のねじり)
  15. ゴラクシャ・アーサナ(ゴラクシャ座)
  16. パシチモッタナ・アーサナ(座った前屈のポーズ)
  17. ウッカター・アーサナ(椅子のポーズ / 蹲踞の姿勢)
  18. サカタ・アーサナ(車のポーズ)
  19. マユーラ・アーサナ(クジャクのポーズ)
  20. クックタ・アーサナ(雄鶏のポーズ)
  21. クーrma(クールマ)・アーサナ(亀のポーズ)
  22. ウッタナ・クールマ・アーサナ(持ち上げた亀のポーズ)
  23. マンドゥーカ・アーサナ(カエルのポーズ)
  24. ウッタナ・マンドゥーカ・アーサナ(伸ばしたカエルのポーズ)
  25. ヴリクシャ・アーサナ(木のポーズ)
  26. ガルーダ・アーサナ(ワシのポーズ)
  27. ヴリシュチカ・アーサナ(サソリのポーズ)
  28. マンドラ・アーサナ(マンドラ座)
  29. カポータ・アーサナ(鳩のポーズ)
  30. ウシュトラ・アーサナ(ラクダのポーズ)
  31. ブジャンガ・アーサナ(コブラのポーズ)
  32. ヨガ・アーサナ(ヨガ座)

​注目すべき特徴的なアーサナ

​ 現代のヨガでも非常によく知られているものから、古典特有のハードなものまで、いくつか興味深いものをピックアップします。

​① 瞑想とエネルギーを高める「座法」

 ​最初の数種類(シッダ、パドマ、バドラなど)は、主に瞑想や呼吸法を安全に行うためのベースとなる座り方です。特にシッダ・アーサナ(達人座)は、踵で会陰部を刺激してエネルギーを上方に引き上げる、非常に神聖な座法とされています。

​② 強烈なデトックスと消化力向上

  • マユーラ・アーサナ(クジャクのポーズ): 肘をお腹(へそ付近)に突き刺し、手首だけで全身を水平に浮かせる非常にハードなポーズです。経典では、このポーズは「お腹の中の毒を消し、消化の火(ジャタラ・アグニ)を最大に高める」と絶賛されています。
  • パシチモッタナ・アーサナ(座った前屈): 足を伸ばして座り、つま先を掴んでお腹と太ももを近づけます。これは「命の風(プラーナ)を背骨の管に通す」とされる、ハタヨガにおいて最も基礎的かつ重要な前屈です。

​③ 動物の模倣と身体の柔軟性

  • ​ブジャンガ・アーサナ(コブラのポーズ)ダヌラ・アーサナ(弓のポーズ)など、脊柱を反らせて柔軟性を高め、背面の筋肉や自律神経に刺激を与えるポーズが目立ちます。
  • ヴリシュチカ・アーサナ(サソリのポーズ): 前腕で倒立し、足を頭のほうへ曲げていく高度な逆転ポーズです。肉体を完全にコントロールし、重力に抗う強靭さを養います。

​ゲーランダ流のアーサナの目的

​ 現代のヨガでは「リラクゼーション」や「ボディメイク」が主目的になりがちですが、『ゲーランダ・サンヒター』におけるアーサナの目的は「肉体を徹底的に安定させ、強固にすること(アスナ / Asana)」にあります。

​ 徹底的な体内洗浄(シャットカルマ)でブレンドされた綺麗な身体を、これらのポーズによってガシッと固定し、次のステップである「ムドラー(エネルギー操作)」や「プラーナーヤーマ(呼吸法)」の強いエネルギーに耐えられるだけの「頑丈な器」へと鍛え上げるのが、32種類のアーサナの本質です。