2026年5月21日木曜日

ゲーランダ・サンヒターのムドラーとプラーナヤーマについて

『ゲーランダ・サンヒター』の第3章では、25種類のムドラー(Mudra=印)について説かれています。

​ この経典におけるムドラーは、単に「手で形を作る(手印)」だけにとどまりません。「全身のポーズ」「呼吸法(クンバカ)」「意識の集中(ドリスティ)」、さらには肉体の締め付け(バンダ)までを高度に組み合わせた「エネルギーの強力なコントロール法」として位置づけられています。

​ 七支ヨガの第3ステップである「安定(Sthirata)」をもたらすための、非常に重要かつ、古典ハタヨガの真骨頂とも言えるセクションです。

​ゲーランダ・サンヒターにおけるムドラーの目的

​ 経典の中では、ムドラーの絶大な効果について以下のように非常に熱く語られています。

​「ムドラーの修練によって、肉体の衰え(老化)を防ぎ、死を克服することができる。また、体内に眠る聖なるエネルギー『クンダリニー』を覚醒させるための最高の手段である」

 ​アーサナ(ポーズ)で肉体という器を頑丈に鍛えた後、このムドラーを行うことで、体内の生命エネルギー(プラーナ)を外に漏らさないように「密閉(ロック)」し、脳や高次のチャクラへと突き上げていくのが目的です。

​25種類のムドラー・バンダ全リスト

​ 経典に記載されている25種類は、大きく「ムドラー(印)」「バンダ(締め付け)」「ベーダ(浸透・結合)」に分類できます。

  1. マハー・ムドラー(大いなる印)
  2. ナボー・ムドラー(天空の印)
  3. マハー・バンダ(大いなるロック)
  4. マハー・ヴェーダ(大いなる浸透)
  5. ケーチャリー・ムドラー(空間を飛ぶ印 ※舌を喉の奥に巻き入れる秘伝)
  6. ウッディヤーナ・バンダ(お腹をへこませるロック)
  7. ムーラ・バンダ(会陰部を締め付けるロック)
  8. ジャーランダラ・バンダ(喉を締め付けるロック)
  9. ヴィパリータ・カラニ(逆転の結び・印)
  10. ヨギ・ムドラー(ヨガ・ムドラー)(ヨガの印)
  11. ヴァジュローリー・ムドラー(金剛の印)
  12. シャクティ・チャーラニー(エネルギーを動かす印)
  13. タダーギー・ムドラー(池の印)
  14. マンドゥーキー・ムドラー(カエルの印)
  15. シャーンバヴィー・ムドラー(シャーンバヴィの印 / 眉間を凝視する)
  16. パンチャ・ダーラナー(5つの元素への集中法:地・水・火・風・空の5種類を1つずつカウント)
    • 地(パルティヴィ・ダーラナー)
    • 水(アンバシ・ダーラナー)
    • 火(アグネーイー・ダーラナー)
    • 風(ヴァーヤヴィー・ダーラナー)
    • 空(アーカーシー・ダーラナー)
  17. アシュヴィニー・ムドラー(牝馬の印 / 肛門の収縮)
  18. パーシニー・ムドラー(投げ縄の印)
  19. カーキー・ムドラー(カラスの嘴の印 / 口を尖らせて息を吸う)
  20. マータンギー・ムドラー(象の印)
  21. ブジャンギー・ムドラー(蛇の印)

​現代でも重要視される代表的な技法

​ 25種類の中から、特に現代のハタヨガや呼吸法(プラーナーヤーマ)の実践においてもベースとなっている重要な技法をいくつか紹介します。

​1. 三大バンダ(エネルギーのバルブ)

 ​エネルギーを体内に閉じ込めるための「締め付け(ロック)」の技法です。

  • ムーラ・バンダ: 会陰部(骨盤底筋群)をキュッと引き上げる。
  • ウッディヤーナ・バンダ: 息を吐ききり、お腹を肋骨の奥にグッと引き込む(消化器の活性化にも絶大)。
  • ジャーランダラ・バンダ: 顎を強く引き、胸に押し当てて喉をロックする。 ※これら3つを同時に行うことを「マハー・バンダ(大いなるロック)」と呼びます。

​2. ヴィパリータ・カラニ(逆転のムドラー)

​ 現代では「壁に足を上げるポーズ」としてリラクゼーションに使われることが多いですが、古典では「骨盤を浮かせた逆立ち(肩立ちのポーズに近い形)」を指します。

頭を下、骨盤を上にすることで、頭頂から漏れ出ている「月からの生命の蜜(アムリタ)」が、お腹にある「太陽の火」に焼かれて消費されるのを防ぎ、若返りをもたらすとされています。

​3. シャーンバヴィー・ムドラー(眉間の凝視)

​ 目を半開きにし、意識と視線を「眉間(アージニャー・チャクラ)」に一点集中させる技法です。これを実践することで、マインド(思考の揺らぎ)が瞬時に静まり、深い瞑想状態への扉が開かれます。

​まとめ:アーサナからムドラーへの流れ

​ 『ゲーランダ・サンヒター』において、アーサナが「肉体という外枠の安定」だったのに対し、ムドラーは「内側のエネルギー(気)の安定」を担当しています。

 ​ポーズによって身体の歪みを整え、強固な土台を作ったからこそ、ムドラーによる強力なエネルギーの駆動やロック(バンダ)に肉体が耐えられるようになります。現代のヨガで「ポーズの最中に呼吸や骨盤底(ムーラバンダ)に意識を向ける」というアプローチの源流は、まさにこの古典的なムドラーの思想に深く根ざしているのです。

  『ゲーランダ・サンヒター』の第5章では、七支ヨガの第5ステップである「プラーナーヤーマ(Pranayama=調息・呼吸法)」について説かれています。

​ 経典では、呼吸をコントロールすることで「身体の軽快さ(Laghava)」と「明晰な知覚」を得られるとされています。

​ 特徴的なのは、単に「呼吸のテクニック」を実践するだけでなく、「いつ、どこで、何を食べて行うか」という事前の環境づくり(食事法・適切な季節・場所)に非常に大きなページが割かれている点です。これらが整って初めて、安全かつ効果的に呼吸法が進められると説かれます。

​ 以下に、その前提条件と、経典に登場する8種類の調息法(クンバカ)について詳しく解説します。

​呼吸法を始めるための「4つの必須条件」

​ ゲーランダ尊師は、いきなり呼吸法を始めるのは危険であり、以下の4つを必ず整えよと警告します。

  1. 場所(スターナ): 遠すぎる外国や森の中、騒がしい都市を避け、治安が良く食料が手に入りやすい静かな場所に庵(小屋)を構えること。
  2. 時期(カーラ): 春(バサンタ)または秋(シャラド)に始めること。極端に暑い夏や寒い冬に始めると、病気になるとされています。
  3. 食事(ミターハーラ / 適量食): ここが非常に重要です。 胃の半分を純粋な食物(サトヴィックなもの)で満たし、4分の1を水にあて、残りの4分の1は空気(呼吸)のために空けておく「腹八分目(あるいは六分目)」の食事法を厳守します。
  4. ナーディ・シュッディ(気道の浄化): 体内のエネルギーの通り道(ナーディ)が詰まった状態で呼吸法を行うと効果が出ないため、事前にマントラや呼吸を使って気道を徹底的にクリーニングします。

​8種類のプラーナーヤーマ(サヒタ・クンバカ)

​ 準備が整った後、実践する8種類の主要な呼吸法です。ハタヨガにおいて呼吸を止めることを「クンバカ」と呼ぶため、これらは呼吸法の種類であると同時に、8つのクンバカの技法でもあります。

​1. サヒタ(Sahita / 伴うクンバカ)

​ 意識的に呼吸のコントロールを伴う、最も基本的かつ重要な呼吸法です。これにはマントラを心の中で唱えながら行う「サガルバ(有種)」と、唱えずに行う「ニガルバ(無種)」の2種類があります。

​2. スーリヤ・ベーダナ(Surya-bhedana / 太陽の貫通呼吸)

​ 右の鼻孔から吸って、クンバカ(息止め)し、左の鼻孔から吐き出す呼吸法です。右の鼻は「太陽のエネルギー(陽・熱)」を司るため、体内の熱を高め、消化力を増進させ、頭脳を明晰にします。

​3. ウッジャーイー(Ujjayi / 勝利の呼吸)

​ 両鼻から息を吸う際、喉の奥を軽く狭めて「摩擦音(シューという音)」を立てながら吸い込み、クンバカした後に左の鼻孔から吐き出します。現代のパワーヨガやアシュタンガヨガでもベースとなる呼吸法ですが、古典では息止め(クンバカ)がセットになります。粘液の病気を取り除くとされます。

​4. シータリー(Sitaly / 冷却呼吸)

​ 舌をストローのように丸めて口から突き出し、そこから空気をスーッと吸い込みます。クンバカした後に両鼻から吐き出します。体内の熱を下げ、喉の渇きや飢えを癒やす「冷却効果」があります。

​5. バストリカ(Bhastrika / ふいご呼吸)

​ 鍛冶屋が使う「ふいご」のように、お腹を激しく動かして両鼻から「シュッ、シュッ」と素早く強烈な吸気・呼気を繰り返します。その後、深く吸ってクンバカします。体内の火のエネルギーを一気に燃え上がらせる、非常にパワフルなデトックス呼吸法です。

​6. ブラーマリー(Bhramari / 蜂の呼吸)

​ 息を吸った後、完全に息を吐き出す際に、喉の奥で「ウーーー」と黒蜂の羽音のようなハミング(共鳴音)を響かせる呼吸法です。この音の振動が脳や神経系を深くリラックスさせ、至福感をもたらします。

​7. ムールッチャー(Murccha / 気絶呼吸)

​ 息を深く吸い込んだ後、クンバカ(息止め)を限界まで長く維持し、意識を眉間に集中させます。マインドの働きを一時的に「気絶(停止)」させることで、雑念を完全に消し去り、精神を静寂に導きます。

​8. ケーヴァラ(Kevala / 純粋なクンバカ)

​ 吸う・吐くという作為的なコントロールを超え、自然に呼吸がスーッと止まってしまう究極の息止め状態です。これが達成されると、過去・現在のあらゆる業(カルマ)から解放され、高い瞑想状態(サマーディ)へと直結するとされています。

なぜ呼吸を止める(クンバカ)のか?

 ​『ゲーランダ・サンヒター』をはじめとするハタヨガの思想では、「呼吸の揺らぎ(プラーナの動き)=心の揺らぎ(マインドの動き)」と考えます。

​ つまり、呼吸を完全にコントロールして「止める(クンバカする)」ことができれば、心も完全に静止させることができるというロジックです。

​ ポーズで肉体を固め、ムドラーでエネルギーの漏れを防ぎ、この8つのプラーナーヤーマによってプラーナを完全に掌握することで、ヨギは心をも支配し、次のステップである「ディヤーナ(瞑想)」へと進むことになります。