2013年11月4日月曜日

自主練にハゲむ~週末の開聞朝ヨガに向けて

久しぶりの真剣な表情。


週末の開聞朝ヨガに向けて、肩と背中の筋肉量を増やしてみた。

当日はUAコンプレッションウエア着用なので、誤魔化しが効かない。

フィットネスインストラクターは、見た目の引き締まり具合がすべて。

言い訳ができないので、地道に筋肉を研磨するしかない。


あと4日間、しっかりと追い込みをかけたい。



肉体の動きで宇宙を表現する姿は美しい。

小宇宙

宇宙全体の一部でありながら全体と類似したもの。人間、芸術作品などをそう捉えるときがある。哲学用語。これに対して宇宙全体のことを大宇宙という。


自然(外界)=大宇宙(マクロコスモス)

肉体(内界)=小宇宙(ミクロコスモス)

内臓=小小宇宙・・・

東洋医学の考え方。


ヨガでは『梵我一如

梵我一如(ぼんがいちにょ)とは、梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理)と我(アートマン:個人を支配する原理)が同一であること、または、これらが同一であることを知ることにより、永遠の至福に到達しようとする思想。古代インドにおけるヴェーダの究極の悟りとされる。不二一元論ともいう。

梵とは神ではなく、あらゆるところに始めから存在する生命の源と考えられている。また人間が梵を吸収することにより生命力が増すという思想もある。
仏教では、梵(ブラフマン)が人格をともなって梵天として登場するが、本来のインド思想にあっては、自然そのもの、あるいは遍在する原理、または真理を指していた。一方、我(アートマン)とは、身体の中にあって、他人と区別しうる不変の実体(魂のようなもの)として考えられ、「真我」と漢訳される。

ヴェーダにおける究極の解脱とは、この個人の実体としての我が、宇宙に遍在する梵と同一であることを悟ることによって、自由になり、あらゆる苦しみから逃れることができるとする。



力学的に正しく動いている肉体が、なぜ美しいのか?

それは多分、宇宙の原理を肉体の動きで表現しているから。

奇抜さや身体能力に依存する動きは美しくない。

力学的な正しさを直観で表現する動きは美しい。


『奇抜さで人目を集めようとしない』

それはとても大切なこと。

自信がないときほど、奇抜さに走りやすい。

自信に満ちた人の動きは透明(エゴで曇っていない)。


特に何もしなくても、そこに宇宙が表現されていると目を奪われる。

心を奪われて見とれてしまう。

それはとても自然なこと。

そしてシアワセなこと。


わざわざ表現者になる必要はない。

日頃の行住坐臥すべてが表現なのだから。

特別な場所で肉体の動きを披露する場面があったとしても、いつも通り。

日々の生活そのものが滲み出てしまうから、誤魔化しようがない。


ちゃんと動けていれば、『見せて欲しい』って要望が寄せられるはず。

自ら見せつける必要なんて微塵もない。

肉体の動き見たさに人が集まる。

そこに宇宙が透けて見えるから。


透明な動き。

それは、動きを見せることで生きていく者が目指す到達点。

だから、最初から透明な動きを目指せばいい。

そうすれば、迷うことなく道を歩いていける。


安部塾の基本は『力学的に正しい動きは美学的に美しい』。

基本を忘れることなく、修練を重ねたいと思う。

必要な段階に至った時、師は目の前に現れる(インドのことわざ)。

『必要な段階に至った時、師は目の前に現れる(インドのことわざ)』

『天、人に是を与えんとするやまず是を苦しむ(中国のことわざ)』


自分で選んだ道を真剣に突き進んでいると、求めている人たちに出会う。

必然的にね。

「最近、素晴しい人たちと出会えるようになりました」

そんなメールをいただく度に、『本気出せ』とハッパをかけてよかったと思う。


というかね、必要な段階に達するまでの修練は避けては通れない。

だから、僕は応援し続ける。


(,,゚Д゚) ガンガレ!

2013年11月3日日曜日

安部塾ヨガ講師養成講座(福岡・第2回)終了


福岡での安部塾ヨガ講師養成講座が終わりました。

今回の内容は、午前中=立ちポーズ(バランスディスク)・午後=傾聴訓練。

傾聴訓練は、なかなか難しいようです。

『あらかじめ答えを用意しない』という姿勢で臨まないとうまくいきません。


今日の内容の一部を紹介。

●ひらかれた質問

・相手が話したいことを自由に話せる。

・相手の気持ちや感情が聞き出しやすく、より深い情報が得られる。

・いろいろな答えが返ってくる。

・導入のための質問・具体例を引き出す質問・経過を聞く質問・感情を聞く質問がある。

・会話のキャッチボールができる。

・相手が自分で気づいていない気持ちや感情に気づける。

・相手が話したいことを自由に話せる。

●とじられた質問

・「はい」や「いいえ」で答えられる。答えやすい。

・答えるために考えこむ必要がない。

・短時間で浅い情報を集めることができる。

・会話のキャッチボールができない。

・感情がともなわない。

・相手が話したいことを話せない。


緊張していると、とじられた質問ばかりをしてしまいがちです。

なので今日は、ひらかれた質問をするよう心がけてもらいました。

話が広がるので、仲良くなれます。

自分が望む方向へ相手を誘導しない=支配しないのが基本原則です。


安部塾の場合、経過と感情を中心に聞くようにします。

そうすることで、筋肉の過剰緊張がほぐれてやわらかくなるからです。

自分で自分の感情に気づくことで、筋肉が緊張する理由がなくなります。

自分の気持ちに気づくためには、話を聴ける能力者の存在が不可欠なのです。


安部塾では、ポーズや呼吸法偏重の訓練はしません。

他者との関わりの中で自然な形で筋肉をやわらかくしていくという姿勢をとります。

強制的(暴力的)な矯正(アジャストメント)もしません。

ひらかれた支持(サポート)によって、自然に美しい姿勢に戻るお手伝いをします。


安部塾は、講座そのものが『ひらかれた質問』を中心に構成されています。

秘伝や奥義なんて存在しません。

現在の自分が何をどう感じているのかを確認してもらうことを大切にしています。

誰にでも実践でき、きちんと結果を出すことができます。


エクササイズ的な手段でのみつくった肉体は美しくないと思います。

自分の感情に自分で気づき、自己一致することでつくった肉体は美しいと思います。

実際、女子塾生たちは『キレイになったね』と言われるようになっています。

『ひらかれた質問』の効果を実感することができています。


第3回の内容も、立ちポーズと傾聴訓練です。

塾生のみなさん、日々の生活でしっかり傾聴してくださいね。

2013年11月1日金曜日

努力の方向が間違っていないか?

自分が『正しい』と思い込んでやっている努力。

傍目には『間違った方向に進んでいる』ことがある。

自分に必要なことがわかっていない状態でガムシャラに努力する。

カラダやココロを壊してしまうことになる。


何らかの方法論や誰かに依存してしまっているときは特にそう。

下手すると、調子を崩しているのに調子がいいと錯覚。

認知的不協和(cognitive dissonance)を解消しなくてはならなくなる。

思考様式が行動と合致する方向に徐々に修正されてしまう(自己正当化)。


人間という有機生命体は『自分の選択は正しかった』と思い込みたいもの。

何かに対して熱心になりすぎているときは大体そう。

そんなときの努力の方向性は、たいがいが明後日の方向。

ややこしいことに、うまくいかなければいかないほど熱心になってしまう。


ここで、努力の方向を正しくしてくれるのは『仲間』。

客観的に判断してくれるので、いまの自分に何が必要かビシビシ教えてくれる。

そういった意味で、普段から『脱・めんどくさい人』してないといけない。

めんどくさい人のまわりは『イエスマン』しかいないからね。


誰も言動を修正してくれないという恐怖。

自分に何が必要なのかを明確してくれる存在=仲間は至宝。


あるセンセイが面白いことをおっしゃられてあった。

『相手を最善に生かすことを最優先に考えておけばいいのですよ』

なるほど、そうしようと思えば主体性を失うことはない。

依存した状態では、相手を最善に生かすことなどできはしないものね。


主体性を持って、正しい努力を重ねていきたい。

大切な仲間たちとともに。

誰もが憧れる美しい肉体をつくりあげる

IRONMAN No261  40P

僕は『IRONMAN』というカラダ改造マガジンを愛読している。

上の記事の意見に同感。


安部塾における肉体づくりの基本。

『美しさを追求すること』

型(フォーム)においても、動きにおいても。

まわりの人たちから羨望のまなざしで見られるくらいのね。


ボディビルで、筋肉量(バルク)を追求しすぎて化け物になる。

でもそれは『見世物』でしかないと、僕も思う。

ヨガで、柔軟性を追求しすぎて化け物になる。

やはりそれは『見世物』でしかないと思う。


グロテスクで見世物的な肉体は、芸術にはなりえない。


肉体には、自分の内面の状態が正確に投影されてしまう。

自分の心に映った自分の姿=現実の自分の肉体。

そう僕は考えている。

肉体づくりで最も大切なのは、心を洗うことだと思う。

IRONMAN No261  41P


僕の肉体は、筋力はあるけど筋肉量はそれほどでもない。

標準より少し多いくらい。

イージーゲイナーなので、増やそうと思えばすぐに増やせる。

ムキムキすぎるのは美しくないので、いまくらいに抑えている。


これまでいろいろ体型を変えてみた。

結果、いまの体型がいちばん評価が高い。

そんな僕の体をつくりあげてきたテクニックを公開している。

僕のやり方が、伝統的なやり方とは違う理由。


熱心な塾生たちの肉体も、着々と美しくなってきている。

なんやかや言っても『熱意』こそが、肉体を変えるのだと思う。


今後も、『美しさ』を追及していきたい。

2013年10月29日火曜日

才能と環境があって、人一倍努力できるから開花できる。

為末大が炎上!「努力は報われない」発言でネットで激論

為末大「才能>>>>>>>>>>>努力」

『為末大』がツイッターで衝撃発言で大炎上!!「才能が無い人間はいくら努力しても成功しない」【画像あり】


「成功者が語る事は、結果を出した事に理由付けしているというのが半分ぐらいだと思う。アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%。そして選ばれた人たちが努力を語る。
やればできると成功者は言うけれど、できる体に生まれる事が大前提」

「成功する可能性があるものを目標に置いた場合は努力すれば叶うかもしれないが、オリンピック選手になるのは難しく、才能と、環境がまず重要で、それが努力よりも先にくる。
人生の前半は努力すれば夢は叶うということでいいと思うが、どこかのタイミングで自分を客観視しなければ人生が辛くなる。
なぜかというと、努力しても夢が叶わなかった場合は自分の努力不足だと思ってしまうからだ。 だから、努力原理主義を抜けられなかった人は、こんな自分を許せなくて何かを呪って生きていくことになる。 そして、人間の能力はそれぞれだから一つの事に縛られるなんてもったいない

「がんばれ、より、よく頑張ったねもう十分だよ、の方が救われるステージがあると思うのです」


トーマス・エジソンより

「天才は1%のひらめきと99%の汗」 (Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration.) という有名な発言は努力の重要性を物語る発言として広く知られているが、エジソンの熱心なファンである浜田和幸の説によると、この言葉は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」との意味であるという。その説がTVで紹介され、ネットでも誤訳であるという説が一般的になっているが、実際は現代アメリカでも「天才には努力が必要」の意味で用いられている。


なんで為末さんが叩かれているのかわからなくて、まとめを読み漁った。

どうやら『才能がなくても努力すればなんとかなる』と考えている人が多いらしい。

なるわけがないのに。

自分に向いた道を選んだ上での努力なら報われる可能性がある。


こんなカキコがある。

『才能は無かったけど努力して成功したと思い込んどる連中は
自分で認識しとらんだけでそもそも才能があったという話やで』

僕もそう思う。

才能と環境があって、人一倍努力できるから開花できるのだと。


努力するのは当然。

その上で報われるのは才能に恵まれた人だけ。


才能=素質の差は残酷。

だから、最初からその現実を受けいれて生きていく方が合理的。

才能がないのを認めずに、ズルズル生きていくのもいいけどね。

それはそれで味のある生き方。


本人が楽しければそれでいいわけだし。


というか、『不断の努力』ができること自体が『才能』なんだよね。

『努力できるかどうか』って、先天的な能力だったりする。


自分の才能を見出すってどういうことだろう?

『自分がダメな分野をあきらめる』ってことなんじゃ。


ジョブズさんのスピーチ。

「自分の根性、運命、人生、何でもいいから、信じること。
 歩む道のどこかで点と点が繋がると信じれば、自信を持って生きることができる。」

「自分の信じる、好きなことを明確にし、愛着を持って進むならば、必ず成功する。」

「自分の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動すること。
心や直感というのは、
 自分が本当に望んでいる姿を知っている。」

為末さんの言ってることも同じことなんだと思う。


自分の直感を信じて生きていこう。