2024年4月18日木曜日

深い呼吸、緩徐な心拍、低い血圧、そして笑顔を作る表情筋=大頬骨筋の活性化(反対に皺眉筋は非活性化)。

「ポリヴェーガル理論」を読む からだ・こころ・社会 津田真人

 「ポリヴェーガル理論」を読む からだ・こころ・社会 津田真人 より

「あそび」の社会性 ~腹側迷走神経複合体と交感神経のブレンド

 ポージェスによれば、哺乳類は、爬虫類までの脊椎動物とちがって、「腹側迷走神経複合体」による「社会的関与」システムを新たに創出しただけでなく、最も原始的な「背側迷走神経複合体」の「不動化」システムをも、「社会的な絆」のシステムへと社会化したのでした。

 オキシトシンなど社会的な神経ペプチドの開発によって、本来の「恐怖による不動化」を「恐怖なき不動化」=「不動化された愛」へと反転させたのです。これはその時ふれておいたように、「不動化」と「社会的関与のブレンド」とみることもできるのでした。

 では自律神経のもうひとつの段階、「交感神経の可動化」システムはどうでしょうか? ここで想い出してほしいのは、「可動化」の「社会的関与」との「ブレンド」としての「あそび」や「性的覚醒」です。つまり、「交感神経系」が強く活性化しながら、しかも同時に、「腹側迷走神経複合体」による社会性がブレンドされるケースが、ここでも考えられるのです。

 「あそび」は、「可動化」と「可動化」の抑制との両方を含んでいます。「腹側迷走神経複合体」が「交感神経系」を抑制かつ包含するのです。いわば安全と危険のブレンド(スリル)ですね。ならば、「探索」も、この「ブレンド」に含めてもいいかもしれません。

 こうして、「不動化」のシステムと同様、「可動化」のシステムもまた、「社会的関与」のシステムと「ブレンド」することによって、単なる防衛反応的な神経システムにとどまらず、向社会的な神経システムとしても作動することが明らかにされています。「可動化」のシステムは、ではどのように「社会化」させるのでしょうか。

 思い出してほしいのですが、ほとんどの哺乳類の子どもには、「あそび」が観察されます。爬虫類や鳥類でも、あそびらしき行動がありますが、一時的・偶発的なもので、持続的な社会行動としてのあそびは、哺乳類に特有なものです。哺乳類の子どもたちは(ヒトの子はもちろん、子イヌも子ネコも子ネズミも)、見知らぬどうしであれ、互いが安全とわかると、自然発生的にあそび始めます。

 では、彼らの一番お好みと見えるあそびの取っ組み合いは、本気のケンカと何が違うのでしょうか。どちらも「交感神経系」の「可動化」システムを、ほとんど全開で活性化させています。それでいながら、前者はつねに「これは本気の攻撃じゃないからね」(本当は仲間だよね)という「社会的関与」の意図のサインを、たえず互いに伝えあっている……そこに「あそび」のあそびたる所以があるのです。「社会的関与システム」が、単なる攻撃行動をあそびに変えるのです。

 そしてそれを可能にするのは、相互の「フェイス・トゥ・フェイスな」コンタクトであることを、特に近年のポージェスは強調しています。その際、相手の意図のサインを見抜くのは、「社会的関与」システムのニューロセプションで重要な役割を担う、側頭葉の紡錘状回・上側頭溝だとするのでした。そのおかげで互いに安全を検出しあい、必ず双方にはロール・チェンジが生じ、本気の攻撃にしない配慮が貫かれます。(もし誤ってケガでもしたなら、たちまちあそびはいったん終了して、「ごめん!」とか「大丈夫?」とか謝ったり気遣ったりします)。

 いわば「あそび」において「私たちは、闘うか逃げるかにならずに、自由に可動化するのです。」……ちょうど背側迷走神経複合体の、「恐怖による不動化」に代わる「恐怖なき不動化」が「愛」であったように、交感神経系の「闘うか逃げるかによる可動化」に代わる、「闘うか逃げるかによらない自由な可動化」が「あそび」なのです。同じく激しい活性化ではありますが、闘争モードでも逃走モードでもない、社会的な、「自由にあふれた活性化」が、ここに存在しています。それはいわゆる「フロー」や「ゾーン」の体験にも通じていく境地ではないでしょうか?

 ただし、この「可動化」と「社会的関与」の「ブレンド」には「不動化」と「社会的関与」の「ブレンド」としての「愛」にはみられたオキシトシン分泌や条件連合に相当するような、「ブレンド」をもたらす神経・内分泌的なメカニズムの説明はされていません。このため例えば、側頭葉のあの扁桃体(~辺縁系の防衛反応)への抑制ニューロンは一体どうやって一方では抑制しながら(「社会的関与」)、他方では抑制しない(「可動化」)のか、その時RSAはどうなるのか等々、不明なままであります。そこは残された課題ではありましょう。343-345P

※RSA=呼吸に伴う心拍変動成分「呼吸性洞性不整脈」。「迷走神経緊張」の有力な心理プロセスの指標として、とくにストレス反応やストレス脆弱性の度合いの指標として重視される。迷走神経の影響だけを示しやすいとみられる。

 上側頭溝と扁桃体は(中側頭回・嗅内皮質とともに)、ヒトにおいても社交圏のサイズと相関することが伝えられ、近年では何と、フェイスブック上の「友だち」の数にも比例して大きくなる脳部位でもあることが、金井良太らによって確認されています。ともあれこうなると、扁桃体と上側頭溝は、(ポージェスが想定したように)単に前者が後者を抑制するといった関係でなく、両者相携えて社会的に発展する関係にあること、つまり上側頭溝もただちに危険を察知するのに、おそらく扁桃体とともに作動する中枢として発展してきた部位であること、逆に扁桃体も、単に恐怖や嫌悪の中枢というより、向社会性の中枢として発展してきた部位でること、しかもその社会性は、単なる二者関係にとどまらず、むしろ複雑な社会の三者関係でこそ力を増したであろうことも、これらのことは示しています。510-511P

 実際、「フロー」がその名で呼ばれるのも、極度の注意集中とコントロール感をもちながら、なおかつ、「流れに運ばれるような」最高度に能動的な受動性、もしくは最高度に受動的な能動性による「楽しみ」の体験だからでした。いわば「可動化」の極における「不動化」、「不動化」の極における「可動化」。いやむしろ、能動的でも受動的でもない中動態? 「可動化」でも「不動化」でもない「社会的関与?」 

 実際、優れた神経科学者にして超絶ピアニストでもあるフレデリック・ウーレンらの研究では、演奏中にフロー状態にあるピアニストは、深い呼吸緩徐な心拍低い血圧、そして笑顔を作る表情筋=大頬骨筋の活性化(反対に皺眉筋は非活性化)を示します。ただそのとき、RSAはむしろ減少するとのこと……ウーレンらはここに、RSA増加に拮抗する交感神経と副交感神経との共亢進をみるのですが、ならばこれは、腹側迷走神経複合体ー交感神経系ー背側迷走神経複合体の三重のブレンドとも解釈可能です。同時に一方、ブレンド時の腹側迷走神経複合体の活動指標はRSAで有効かとの問いも生じます。511P

引用ここまで

 

 フロー状態にある人が、深い呼吸、緩徐(ゆるやかで静か)な心拍、低い血圧、そして笑顔を作る表情筋=大頬骨筋の活性化(反対に皺眉筋は非活性化)を示しているのに対して、過緊張状態にある人は、浅い呼吸、急激な心拍、高い血圧、そしてしかめっ面を作る表情筋=皺眉筋の活性化(反対に大頬骨筋は非活性化)を示します。

 パフォーマンス中に楽しそうな笑顔になっているパフォーマーとオーディエンスは、フロー状態になっている可能性が高く、それをしかめっ面で観ているノリが悪いオーディエンスはフロー状態になれていない可能性が高いということがあります。

 フロー状態になれているオーディエンスは、パフォーマーと一体になって盛り上がることができます。社会交流の迷走神経(腹側迷走神経複合体)が活性化しているためです。

 一方で、フロー状態になれていないオーディエンスは、闘争モードに入りがちです。盛り上がっているイベントを観察すると、一定数のしかめっ面な人たちがイライラしながら退屈そうにしているのがわかるかと思います。

 「あそび」において「私たちは、闘うか逃げるかにならずに、自由に可動化するのです。」という言葉の意味を理解できれば、私たちは「苦痛と退屈の往復運動」から解放されるかもしれません。

 ゴールデンウイークのワークショップでは、ひさしぶりにパワポ資料をつくって、プロジェクターを用いて解説をしようと思います。

☆新宮校GWワークショップ

4月29日(月・祝) → 詳細

5月6日(月・祝) → 詳細

 

☆大手門ワークショップ

5月4日(土・祝) → 詳細