1. 「弥栄」の意味
もともとは古事記や日本書紀にも登場する言葉で、「ますます発展する」「いよいよ栄える」という意味があります。
ボーイスカウト日本連盟の創始に深く関わった後藤新平(初代総長)が、日本の伝統を重んじてこの言葉をスカウト活動に取り入れたと言われています。
2. 弥栄のかけ方(基本)
弥栄は、指揮者の合図に合わせて全員で唱和します。独特のリズムと動作が特徴です。
- 動作: 1. 気をつけの姿勢から、右手を斜め上に力強く突き出す。 2. 声を揃えて「イヤサカー!」と叫ぶ。
- 回数: 原則として「3回」繰り返すのが一般的です(「イヤサカ、イヤサカ、イヤサカー!」)。
3. いつ使うのか?
主に以下のような「お祝い」や「激励」の場面で使用されます。
- 表彰のとき: 技能章を取得したスカウトや、入賞した班を称える。
- 感謝のとき: 団を去るリーダーや、お世話になった地域の方々へ感謝を示す。
- 式典のとき: 入隊式、上進式、またはキャンプの閉所式など。
- エール交換: 他の団や隊と交流する際に、互いの健闘を祈って送り合う。
4. 知っておきたい「弥栄のタブー」
弥栄には、他の拍手や歓声とは異なる重要なルールがあります。
- 拍手はしない: 弥栄はそれ自体が最高のエールであるため、弥栄の後に拍手(パチパチという音)を重ねるのはマナー違反とされています。
- 「お返し」をしない: 弥栄を送られた側(主役)は、一緒に唱和したりお辞儀をしたりせず、不動の姿勢で真っ直ぐ前を見据えて受けるのが正しい作法です。
5. 後藤新平による意味の解釈
後藤新平は「弥栄」という言葉に、単なる「繁栄」以上の深い教育的意味を込めました。
- 自己修養の象徴: 「ますます(弥)栄える(栄)」とは、他人と比較して勝ることではなく、「昨日の自分よりも今日の自分が向上していること」を指すと説きました。
- 利他の精神: 自分が成長することで、結果として社会や国家、そして世界が共に栄えていくという「自利利他」の精神をこの言葉に託しました。
6. 「自治三訣」との繋がり
後藤新平が遺した有名な教えに「自治三訣(じちさんけつ)」があります。
人のお世話にならぬよう
人のために、お世話を焼くよう
そして、むやみに威張らぬよう
この「威張らず、謙虚に奉仕し、共に高め合う」という自治の精神こそが、彼がボーイスカウト運動を通じて実現したかった「弥栄」の具体的な実践方法でした。
豆知識:スカウト章と「弥栄」
日本のボーイスカウトの記章(スカウト章)のデザインには、三種の神器の一つである「八咫鏡(やたのかがみ)」が取り入れられています。これも、後藤新平らが日本の伝統精神と国際的なスカウティングを融合させようとした試みの一環であり、「弥栄」の精神と深く結びついています。
7. 祝詞(のりと)と「弥栄」の語源
「弥栄(いやさか)」は、古くから神道の祝詞や儀式で使われてきた言葉です。
- 意味: 「弥(いよいよ)」+「栄える」で、繁栄が永遠に続くこと、生命力がますます盛んになることを指します。
- 神道観: 神道では、万物が生成発展していくこと(産霊:むすひ)を尊びます。後藤新平はこの「命が絶えることなく更新され、発展していく」というポジティブな死生観を、少年の成長に重ね合わせました。
8. 「敬神崇祖」と「神へのつとめ」
ボーイスカウトには世界共通の約束(ちかい)があり、その筆頭に「神(仏)へのつとめ」があります。
- 日本の解釈: 日本連盟では、この「神へのつとめ」を「敬神崇祖(神を敬い、先祖を尊ぶ)」という言葉で説明することが多くあります。
- 後藤新平の意図: 彼は、スカウトが自分のルーツ(神々や祖先)を大切にすることが、自己の確立と「弥栄(さらなる発展)」につながると考えました。
補足:スカウト章と三種の神器
前述の通り、日本のスカウト章には八咫鏡(やたのかがみ)のデザインが使われています。鏡は神道において「正直(清らかな心)」の象徴です。
「鏡に向かって恥じるところがないか」
という自己反省の精神は、後藤新平が重視した「自治(自分を治める)」の精神そのものであり、神道的価値観とスカウト運動が融合した象徴的な例といえます。
後藤新平は、単に宗教的な儀礼として神道を持ち込んだのではなく、「日本人のバックボーンとしての精神性」をスカウト運動に組み込むためのキーワードとして「弥栄」を選んだといえるでしょう。