2015年4月5日日曜日

身体が軟らかい人はヨガ(軟体芸系)なんかやってはいけませんよ~身体が硬い人こそやってくださいね~

ときどき、考え方がおかしな人を見かけます。

「私は身体が硬いので、ヨガなんかできません」

ヨガ(軟体芸系)をやってはいけないのは、身体が軟らかい人たちです。

関節をつなぎとめる靭帯や筋肉の腱がゆるい人が、やっていけないのです。


身体が硬い人こそ、積極的にヨガをやるべきなのです。


関節をつなぎとめる靭帯や筋肉の腱がゆるい状態を、ハイパーモビリティといいます。

「動き過ぎ」という意味で、可動性が亢進し過ぎている状態です。

関節などが不安定な状態なので、痛みが出ます。

背骨だと、腰椎すべり症・脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニアなどの遠因となります。


「動かなさ過ぎ」の状態は、ハイポモビリティといいます。

動かない関節ができると、どうなるでしょう?

全体の動きを補うために、周辺の関節が動き過ぎるようになります。

身体が硬い人というのは、特定の関節が動き過ぎて壊れるのです。


姿勢が悪くなるのは、動かなさ過ぎる関節の動きを補完するためなのです。


グラグラ・ヨレヨレと動き過ぎる関節ができた場合はどうなるでしょう?

関節を守る(安定させる)ために、脳が周辺の筋肉を緊張させて固めます。

筋肉が過緊張状態(スパズム)になるので、凝ってきます。

そしてさらに関節をゆるめるという悪循環を引き起こします。


こうして、症状が悪化していきます。


話をまとめると、関節が動き過ぎるのも、動かなさ過ぎるのもよくないのです。

身体操作の精密な分析の元に、緻密な調整をしなくてはなりません。

動き過ぎている関節は、安定させる筋群を使うようにします。

動かなさ過ぎる関節は解放して、動きをつけてあげるようにします。


身体が硬い人の痛みが出ている部分は、普通の人以上に関節が動き過ぎています。

身体が硬いからこそ、ヨガをやって関節を解放してあげないといけないのです。

ハイパーモビリティ カーター徴候

最近は、機能解剖学に基づいた機能改善的なヨガが増えました。

個々人の関節の状態に合わせた、オーダーメイドの指導がなされています。

いっせーので、わかっていない人たちが適当に動く時代は終わりつつあります。

それにつれ、指導者に求められる解剖学的な知識のレベルが、うなぎのぼりです。


利用者サイドから、安全な指導者を見分ける方法をいくつか。

・立ち姿勢における中心軸が、見惚れるほどに美しい。

・立ち居振る舞いのすべて(運動連鎖)が、見惚れるように美しい。

・身体の使い方が見惚れるほどに美しいので、身体症状がなくて体調が良好。

・脊柱の動きが美しいので自律神経の状態が良く、自律神経失調症状がない。

・呼吸が整っているので、他人をコントロールしようとしない(意見を押し付けない)。

・声が美しい。

・・・・・・などなど。


雑な動きをしたり、きたない立ち姿勢をとる指導者は避けましょう。

声がきたなくてうるさいので、すぐに判別できると思います。

声には隔膜(骨盤隔膜・横隔膜・胸隔膜・声帯)の状態が反映されます。

すごくわかりやすい指標になると思います。


雑な動きをしたり、姿勢を崩している人の声は、がさつな濁(ダミ)声です。

声がきたなくて不快なので、誰も話に耳を傾けません。

結果、無理矢理に自分の意見を押し付けがちです。

姿勢を良くすれば、ボイスレコーダーでヘビロテしてもらえるんですけどね(笑)。


話を戻して・・・・・・

関節が動き過ぎる人は、安定化のための練習を積み重ねましょう。

関節が動かなさ過ぎる人は、解放のための練習を積み重ねましょう。

動きが、見惚れるほどに美しくなる頃には、関節の機能が改善しているはずです。

口呼吸・反り腰・二重アゴの原因は膝関節の過伸展かもしれません

膝関節の過伸展状態が続くと、身体機能が崩壊します。

参考 → O脚や反り腰、二重顎、ぽっこりお腹、口呼吸、首こり等の原因になり得る反張膝とは? その対策法とは?


反張膝=膝関節の過伸展状態。

膝関節を無理矢理伸ばそうとする人が、よくやらかしています。

新体操やバレエをやってる人たちに多く見られます。

関節がゆるい(ハイパーモビリティ)な人たちにもよく見られます。


膝関節は伸ばしきるのではなく、少し曲げておくのが正解です。


膝関節の過伸展

膝関節の過伸展状態が続くと、身体感覚がおかしくなります。

過伸展した膝関節を「美しい」とか「綺麗」とか「可愛い」とか。

美的感覚までも狂ってしまいます。

重心が不安定になるので、気分の浮き沈みも激しくなります。


自分に自信がなくなりつつ、他人の批判ばかりするというようなね。

自分や社会を責めるばかりで、現実的な対処ができません。


なんかそんな子が埼玉にいたような・・・・・いまは福岡(笑)?

膝関節過伸展(匿名w)
こんな感じですね。


膝関節過伸展

教科書どおりのゆがみです(笑)。


そういえば昔、記事を書いていたのを思い出しました。

→ O脚の直し方(膝の過伸展~伸ばしすぎによるもの)

まあ、『どこからでも調整できる』のが、安部塾の売りですからね。


ちなみに最近の安部塾のトレンドは、『恥骨の押し出し』です。

恥骨の押し出し
基本が大切ですよね。


膝関節の中心の出し方は、後で追加記事を書こうかと思います。

2015年4月4日土曜日

ふとももの裏の筋肉は大切なのです~猫牛の型にこだわる理由

ハムストリングス


先週は、もも裏の話を、たくさんしました。

なぜ、もも裏をきちんと使わないといけないのかというと、仙骨節靭帯につながっているからです。

仙結節靭帯

仙結節靭帯は、脊柱起立筋につながっています。

ハムストリングス~仙結節靭帯~脊柱起立筋

脊柱起立筋
脊柱起立筋は、腸骨稜と仙骨後面から起こります。

椎骨・肋骨に付き、側頭骨乳様突起につながります。

作用は、体幹部の伸展(後屈)・側屈です。

上半身の姿勢の保持に欠かせない筋肉です。


ふともも裏をきちんと使えると、脊柱起立筋の機能が向上します。

上体が安定して、軸がブレにくくなります。

直立歩行が楽になります。

猫牛の型は、ハムストリングス~仙結節靭帯~脊柱起立筋のラインをつないでくれます。


簡単な動きだからと馬鹿にしないで、真剣にやり込んでみてください。

人生変わりますから(割と本気でw)。

肋骨の動かし方のイメージの仕方

機能解剖学の呼吸器編で、必ず出てくるのがこれです。

ポンプハンドル&バケツハンドル



■ポンプハンドル

第1‐5肋骨の動きで、ポンプの持ち手のように、息を吸うときに肋骨と胸骨を前上方へ引き上げ、胸郭前後径がひろがります。

■バケツハンドル

第6-10肋骨の動きで、バケツの取っ手のように、息を吸うときに肋骨を外上方に引き上げ、胸郭の横径がひろがります。

※肋骨の番数には諸説あります。


安部塾では、第1-2肋骨を前上方へ引き上げ、第6-9肋骨を外上方に引き上げる意識で動かします。

プロメテウスによると、第1-7肋骨は、直接胸椎についている『真肋』です。

第8-10肋骨は、肋軟骨についている『仮肋』です。

胸郭が左右にひろがりやすいのは、第8-10肋骨ということになりますね。


わかりやすいように、こんなものを用意してみました。

バケツハンドル 第6-9肋骨イメージ
大好評でした(笑)。


ポンプハンドル実写動画w



いっぱい出てます(笑)。

これは、息を吐き出すイメージが強化できそうですね。



呼吸筋についてのおさらいを少し。

■吸う

横隔膜・外肋間筋・斜角筋・胸鎖乳突筋・大胸筋・小胸筋・僧帽筋・上後鋸筋

■吐く

外腹斜筋・内腹斜筋・腹横筋・腹直筋・内肋間筋・広背筋・肋下筋・腰方形筋・下後鋸筋


安静時、吸う息で横隔膜と外肋間筋のみが作用します。

横隔膜が下制し、同時に外肋間筋が肋骨を引き上げます。

胸腔内が陰圧になるので、肺の中に空気が入ります。


安静時の吐く息では、筋活動はほとんどみられません。

息を吸うときに使った筋群がゆるむことによって、肋骨の弾性で受動的に吐き出されます。


安部塾では、「息を吐けば、吸う息は入ってくる」という立場をとりません。

まず、第6-9肋骨を左右に動かすことから始めます。

それはつまり、『みぞおちを解放する』ということです。

同時進行で、感情の解放も進みますよ~

かかとが美しいことが基本です~足首と膝をつなげると身体が美しくなる

半月の型・ねじった半月の型
最近はあまりやらなくなりましたが、昔は半月をよくやりました。

美しい身体をつくるためには、足首と膝をつなげる必要があるからです。

足首は内くるぶし~脛骨(けいこつ)と外くるぶし~腓骨(ひこつ)、足をつなぐ距骨で構成されています。

安部塾の軸感覚では、『内くるぶし』を意識します。

距骨

足首をしっかりつないでいるのは頸骨~距骨。

腓骨は、そっと添えるように外側につながっています。

頸骨~内くるぶし側で体重を受け止めると軸が安定します。

軸が外側にずれると、動きがきたなくなり、身体が醜くなります。


かかとまわりがガサガサに荒れるとか黒ずむとかしてるので、すぐにわかります。

軸が安定している人のかかとはキレイです。

足首の動きが良いので、血液・リンパ液の循環がいいからです。

力づくで勢いで動いている軸が崩壊した人のかかとはきたないのです。


四つ足動物のかかとは華奢な構造で、地面にはほとんど接しません。

直立二足歩行するために強くなったのが、人間のかかとだと考えています。

頸骨~距骨~踵骨への関節連鎖ができると、足底のアーチがつくれます。

見惚れるほどに美しい土踏まずが出現します。


きちんとした身体操作ができているかどうかは、かかとと土踏まずでわかります。

名刺やフライヤーの肩書きに惑わされずに、かかとと土踏まずを観察する。

そうすると、身体操作の達人を見つけることができます。

ちなみに、足首が使えないと足底筋膜がおかしくなり、仙結節靭帯が固まります。

仙結節靭帯

仙結節靭帯が固まると、尾骨がゆがみます。

尾骨は脊柱のバランンサーとして機能しています。

尾骨がゆがむと、立ちバランスができなくなります。

軸が傾いてしまうのです。


足首って、大切なんですよ~

2015年4月3日金曜日

自分の居場所のつくり方~支配配服従関係ではなく対等な関係を築きたい

安部塾では、指導者育成講座をやっています。

支配服従関係にならないよう、対等であることを奨めています。

『お互いに、好きなようにやること』が基本です。

相手を思い通りに動かしたい=コントロールしたいという気持ちは手放します。


世の中には、支配的な指導者もいます。

従順であること=服従することを相手に強制します。

これ、やればやるほどしあわせから遠ざかります。

仲間って、対等な関係そのもののことですから。


人間関係において計算をしてはいけません。

計算が入るのは支配服従関係だからです。

裏には、相手を思い通りに動かしたい下心があります。

計算なんてしているうちは、対等な関係は築けません。


威張ったり、虚勢をはったりするのは、自信がなくて不安だからです。

本当に自信がある人は、自分の力を誇示する必要がありません。

誇示したがる人は、自信がないのです。

「特別なことをしなくても認められ、尊敬されている」という安心感がないのです。


アドラーさんの『共同体感覚』。

他者を仲間と見なし、そこに 「自分の居場所がある」 と感じられる こと。

これ、大切です。


人間関係の中心に自分をすえて、自分を出発点に考えるとどうなるか?

他人に求めてばかりということになります。

特定の誰かをのみを仲間と認め、自分のことを理解してもらおうとする。

「自分と相手の課題の分離」 ができないので、相手の課題に干渉します。


鬱陶しいですよね。

なので、孤独になります。


一方、それぞれがそれぞれの人生を歩めばいいと考えるとどうなるか?

共同体の一員として、社会に貢献しようとします。

存在する人すべてを仲間と認め、誰とでも同じように接します。

 「自分と相手の課題の分離」ができるので、相手の課題への干渉を避けます。


爽やかですよね。

なので、豊かな人間関係に恵まれます。


特別な誰かにだけ愛されようとする生き方は、孤独への道まっしぐらです。

ひろく社会に対して貢献していきたいという生き方は、みちみちですw


自己中心的な人は、他人の評価に怯え、他人に気をつかい、他人に合わせようとします。

これ、全部、相手を思い通りに動かそうとする行為です。

他人への関心を失った、自分にしか関心が向いていない状態です。

相手がこちらのことをどう思うかは相手の課題なのです。


共同体に対して、「何を与えてくれるのか」を期待しないこと。

自分が 「何を与えられるのか」 ということに集中すること。

 「何を与えられるのか」 という姿勢でいないと、居場所を失います。

これも、とても大切なことです。


 「何を与えてくれるのか」 という姿勢でいると、派閥や争いが生まれます。

それぞれが「課題の分離」 ができないわけですから、当然の展開です。

認められたいからと、自己満足(名誉とか地位とか)のために動きます。

そんな、派閥や争いがあるような共同体に、安心できる居場所はありません。


自分の意思で『つまらない仕事』を、楽しみつつ淡々とこなしましょう。

そうしていると、驚異的な勢いで自分の居場所がつくれます。

楽しい仲間が増えていきます。

だから、相手に求めずに、ただ貢献したいという姿勢を貫きましょう。


それが、中心軸というものです。


そこらへん、いたるところが、自分の居場所になります。

特定の共同体に固執する必要なんてありません。

いろんな人たちと、幅広く、交流を重ねることです。

ドロドロで鬱陶しい人間関係の対極にある、爽やかな人間関係が築けます。


劣等感、他人の評価によるものではありません。

他人から高い評価を得ても、 どうにもなりません。

主観的な問題なのです。

「自分が自分のことをどう思うのか」 なのですから。


自己評価が低いと、自分自身に価値を見い出せません。

自信を持てないので、本来の能力が発揮できません。

人によく思われたい人ほど、現実とかけ離れた自分を演じようとします。

そして、壊れます。


現実の自分を認め、受けいれるとどうなるでしょう?

自分の身の丈に合った、現実的な改善方法を見つけることができます。

成長の効率が良くなるます。

なにより、楽しく生きていくことができます。

腸腰筋

僕は、支配的な指導者を育成したくありません。

仲間たちと一緒に、自分たちの快適な居場所をつくりたいのです。

対等でいれる指導者の育成。

それが、僕がやりたいこと=与えれることなのです。

軸伸展と脱力~安部塾身体操作法の原点~感情の解放とは無駄な力を抜くということ

僕は、身体操作法において、誰も師事したことがありません。

必要がなかったからです。

僕は、元々身体の使い方ができていました。

よくわかるのが、僕の幼少時の写真です。

安部吉孝幼少時の立ち姿勢・身体操作操作

この頃の僕は、完璧な身体操作ができていました。

現在の僕が指導している基本が、すべてここにあります。


誰にも習う必要がないのです。


この後、周りの『りきむことが正義』の悪影響を受けてしまうことになります。

力を込めて頑張るという間違った価値観を押し付けられたのです。

それからしばらくの間、僕の身体感覚はおかしくなってしまいます。

完璧な軸伸展と脱力ができていた身体は、醜く歪んでしまいました。


安部塾身体操作法の特徴は、『やっている気がしないこと』です。

つまり、『手を抜いているようにしか見えない』のです。

無駄な力を入れることが正義という感覚の人には理解ができません。

そうして、りきむことを強いられて壊されてしまったのです。


そう。感情を抑圧する=無駄な力を入れる人には、わからないのです。

この繊細な感覚は。

回復させるためには、幼少時の心を取り戻す必要がありました。

うまく成功できたわけですが(嬉)。


交流分析より

子供の行動は、自由な子供(FreeChild/NaturalChild)(自然奔放)か、他者順応な子供(AdaptedChild)のどちらかである。それぞれの状態は、個人の行動、感情、思考において影響を与え、有益的(積極的)または、破滅的/反生産的(悲観的)になるといえる。

・人はみなOKである。それゆえ、個々人は、正当性、重要性、平等性の敬意を受けることができる。

人はみな(僅かな例外を除いて)、A(Adult)として、考える能力を持つ。
人はみな、それぞれのストーリーと運命を決定する。しかしながらその決定は、変更が可能なものである。

子供の頃に埋め込まれた環境不適合というストーリーからの脱却は、不公平で不誠実な「今-ここ」の人生に基づいた感情、不適切、虚偽からの開放のために、求められているものである。(すなわち、子供時代の苦悩、自己への同情、他人の心理戦、強制的な行動、人生の失敗の繰り返しといったものからの開放である)

・交流分析は、目標思考であり、問題思考ではない

交流分析の基で変える目標は、自立性(子供の頃の脚本からの脱却)、自発性、親愛性、「逃避」や「受身」といった問題の解決、「進化」ではなく個人の治療、新しい選択肢を学ぶことである。

引用ココマデ


現在の僕の言動が自由な子供(FreeChild/NaturalChild)の心全開な理由です。

そんな僕は、相手の自由な子供(FreeChild/NaturalChild)の心を召還できます。

安部塾で自由さと自然さが推奨されている最大の理由です。

他者従順な状態=りきんだ状態は奨められません。


自分に素直になることと、他者に従順であることは相反します。

他者に従順であるということは、他者にもそうあることを求めるということ。

それが、りきみの正体です。

自由な子供の心なくして、軸伸展と脱力はできません。


そんなわけで、我らが安部塾では子供連れが推奨されています。

子供が自由でいれない世界で、完璧な身体操作なんてできないのです。

子供が自らルールを守りながら自由に遊んでいる中で練習する。

子供をコントロールしたいという願望を手放して、自分の練習に集中する。


それが、自由な子供の心を取り戻すということです。

よく言うことを聞く子供が良い子供?

そんなことはありません。

単に感情を抑圧された歪んだ子供でしかありません。


自由な子供の動きは美しいので、見惚れてしまいます。

従順な子供の動きは醜いので、鬱陶しくなります。

命令形で話す親の子供がウザイ理由です。

自立性=親自身の環境不適合のストーリーからの脱却が大切なのです。


持論なのですが、指導者の役目は『相手の成長を邪魔しないこと』です。

基本好きにやらせて、問題があれば本気で口を出すということです。

最優先すべきことは、指導者自身が自立性・自発性・親愛性を取り戻すことです。

そうしていれば、自由な子供の心を取り戻したい人たちが集まってきます。


まあ、あくまで従順な子供の心に囚われていたい人とは縁ができませんが。

それもまた本人の問題なので、指導者は自分の問題に取り組めばいいと思います。

『自ら考え、自ら行動する』のが安部塾の基本ですから。

GW集中講座までに、幼き頃の完璧な身体操作感覚を取り戻したいと思います。