頭部前方位(頸上部過伸展) |
「アナトミー・トレイン – 徒手運動療法のための筋筋膜経線 医学書院」より
■SFL、頸、驚愕反応
フェルデンクライスは、「負の感情はすべて、屈曲として現れる」と述べている。この単純な言葉の一般的な真実は、人間の行動を毎日観察している人であれば誰でも納得がいくものである。怒りによる前かがみ状態、うつ状態によるうなだれた姿勢、恐れによる身を縮めた姿勢は数多く、様々な形態でみられる。これらはすべて屈曲に関与する。
上述したように、四肢動物のなかで、人間だけがもっとも脆弱な部分がすべて文字通り「前線」に置かれて誰の目にもさらされている(すなわち餌食になる)。人々は、鼡径部を縮める、腹部を締める、胸部を引っ込めるなど、それとはなく、あるいは明確に、この感受性の高い部分を保護している。人間が脅威を感じると小児の姿勢(一次的胎児屈曲)や防御的姿勢(四つ這い)に戻るのはまったく自然なことである。
しかし、フェルデンクイスの観察には注目すべき例外がある。すなわち、負の感情は通常、上頸部の屈曲ではなく過伸展を引き起こす。これは驚愕反応と呼ばれる反応に極めてはっきりと見ることができる〔トーマス・ハンナは「赤信号反射」と呼ぶ〕。
明らかなことは、驚愕反応は全体的な屈曲反応ではなく、SFL上での短縮と緊張ということである。この反応全体は、乳様突起が恥骨に近づけられることからはっきりと示される。これは前面で器官を保護するのみならず、頸を退縮かつ過伸展させ、頭を前方に下げる。
SFLの筋も頻繁にこの反応に関与し、肘の屈曲や肩の保護もこの全体像に当てはまる。したがって、驚いた人の全身姿勢は、頸上部の過伸展に加えて、下肢が硬直し、体幹と腕が屈曲する。
問題は驚愕姿勢が維持される場合に生じる。人間は長い時間にわたり完全に、かつ反復してこの姿勢を維持できる。この姿勢とこれが変化した型は、ほぼすべての人間の機能にマイナスの影響を与えるが、特に呼吸はSFLの短縮で制限される。ゆったりとした呼吸は、肋骨の上向き運動や外向き運動、骨盤と呼吸横隔膜との相互関係によって決まる。短縮したSFLでは、頭を前方に引き下げ、肋骨運動を制限する前後両面においての代償的緊張が必要となる。防衛的緊張が腹直筋を越えて下肢まで進む場合、鼡径部の短縮は呼吸横隔膜と骨盤隔膜とのバランスを崩し、呼吸は極端に横隔膜前部に頼るようになる。
実際、最初の驚愕反応では爆発的な呼息が生じる。持続的驚愕反応は呼吸サイクルの呼息期で止まる顕著な姿勢的傾向を示す。これに続いてうつ状態を伴う可能性がある。SFLをゆっくりと完全に上行する。これらの組織を解放する。および、SFLの各要素を上部から持ち上げられるようになることで、身体的負担要素を解放することができ、極めてよい結果となることが多い。
引用ここまで
関連記事1→腰背部に水平状・帯状の痛みがあるとき、その原因は腹直筋にできたしこり(索状硬結)かもしれません。
関連記事2→腹直筋のほぐし方(テニスボールを使った圧迫伸長テクニック)
「ダンスの身体表現における感情認知とインタラクションに関する研究 鹿内菜穂」より
感情という言葉は心理学や精神医学の用いられる情動、気分、情緒などを含めた総称として用いられている。感情は情動が人の意識に呼び起こされ、人が内的に感じる主観的な経験といわれている(濱ら 2001)。
情動とは、欲求の満足や阻止に伴って体験され、生物学的基盤によって支えられており、扁桃体、帯状回、海馬、視床の一部を含む大脳辺縁系と呼ばれる部位が情動の発生と深い関連がある(船橋 2007)。
基本情動は,怒り・恐れ・喜び・悲しみ・驚き・嫌悪の 6 種類(Ekman, 1992)や、喜怒哀楽、愛・憎、快・不快、ポジティブ・ネガティブ感情が挙げられることが多い。一方、気分とは、情動が比較的長い間続く状態であり、健康の時の爽やかな気分、病気の時のけだるい気分が挙げられることが多い。気分と情動の違いは、情動は生理学的な興奮が強いのに対して、気分はそれが弱いことであり、情動の持続時間は数秒、数分と短いのに対して、気分は数時間、数日、数ヶ月と続くこともあるといわれている(船橋 2007; 濱ら 2001)。
人は顔の表情だけでなく、姿勢や身体動作から他者の感情を読み取ったり、感じたり、理解したりして、コミュニケーションをはかろうとする(大坊 1998)。つまり、動作が生み出す表現にはその表現内容を知覚認知させる情報が含まれており、人はその情報を受け取っている。
接近の姿勢は対象の方を向くことから興味・関心を示し、撤退の姿勢は対象の方を背くことから拒絶・嫌悪を示す。拡張の姿勢は伸びて反ることから自信・優越を示し、収縮の姿勢は体を丸めることから落胆であると示した。
興味や退屈,快や不快といった感情は、態度や状態として直感的に理解しやすい。頭や背筋が伸びているとポジティブな感情、頭と肩が前に出て骨盤が引いてあるとネガティブな感情として評価もなされている。
動作の特徴をみていくと、体が伸びるとポジティブな感情が、体が収縮しているとネガティブな感情が予測されるといわれている(deMeijer, 1989)。また活動性が高く拡大的な動作は喜び、同じように活動的で拡大的で、かつ速くて強い動作は怒りの感情と関係がある(Wallbott, 1998, Wallbott &Sherer, 1986)。縮小的で遅く、弱い動作は悲しみと関係がある(Wallbott & Sherer,1986)。
引用ここまで
「声を解放する。歌う。」の、「やっているあいだに、首を硬くしたり、体を押し下げていなかったか? 息を吐くとき屈みこまなかったか? 首を硬くして、肩を上げて、息を吸っていなかったか?」これらのパターンを避けることが、自由で精力的な声をつくり出す土台になります。……という一文を理解するのに、「負の感情をもつ人の全身姿勢は、体幹と腕が屈曲し、下肢が硬直し、頸上部が過伸展する。」という知識が役に立つと思います。
ひとつだけはっきり言えることは、「体幹と腕が屈曲し、下肢が硬直し、頸上部が過伸展している状態では、正の言葉(ポジティブワード)を発することはできないし、正の動作(ポジティブムーヴ)を起こすこともできない。」ということです。体幹と腕が屈曲し、下肢が硬直し、頸上部が過伸展している状態で発する言葉や動作は負(ネガティブ)にしかなりません。
負の感情をもつ人の全身姿勢は、体幹と腕が屈曲し、下肢が硬直し、頸上部が過伸展する。体幹と腕が屈曲し、下肢が硬直し、頸上部が過伸展している人は負の感情をもつ。
人体は、縮んでいる部位に痛みは発しにくい仕組みになっています。引き伸ばされている部位に痛みを発しやすい構造になっています。負の感情を持つ人は、「やってはいけないことを全力でやる」という傾向が強いのですが、驚愕反応が強い人ほど、破滅的な言動を繰り返してしまう一因ではないかと考えております。