超入門資本論 小暮太一 |
小暮太一さまの、『超入門 資本論』より。
労働者の価値が大きいとは、すなわち、「(労働者としての)あなた」をつくり上げるのに、膨大な時間とコストがかかっているということです。— 安部吉孝@身体操作指導者 (@yocchan19681) 2019年6月24日
そして、この積み重ねこそ、簡単にマネできない状況をつくり、「自分の売り物」になっていくのです。
他の人が、今のあなたと同等の経験と知識を得るためには、ものすごい時間がかかる。そういう状況であれば、いくら他人がマネしようとがんばっても、できません。— 安部吉孝@身体操作指導者 (@yocchan19681) 2019年6月24日
以上、『超入門資本論 小暮太一 258_259P』
昨年から、『基礎の積み重ねの大切さ』を強調してきた。
すぐに身につくものは、すぐに真似をされ陳腐化する。
「楽して~」という考え方をしている人たちは沈む。
他人が真似できないほどの、圧倒的な練習を積み重ねるという基本を守るべきだと思う。
お手軽な道を選ばない方がいい。
自分自身が真面目に、真摯に、真剣に取り組むこと。
そうすれば、同じように真面目に、真摯に、真剣に取り組む人たちとつながれる。
お手軽な道を選ぶような人たちとつながっても、よいことなど何ひとつない。
地道にコツコツ積み重ねてきた者同士は、自然と惹かれ合う。
スペシャルな者同士の出会いは、お互いの人生を、際限なく豊かにしてくれる。
えらてんさんのTweet
人脈どうやって手に入れるんですかとかいうやつよく来るんだけど、著名人や金持ちと知り合っても人脈にはならない— えらいてんちょう🌷(Yauchi Haruki)@6/28新著3冊同時発売 (@eraitencho) 2019年6月23日
同程度の実力者で一緒になにかする可能性があるくらいの段階で始めていわゆる人脈になりうる
なんの実力もないのに周りちょろちょろしてても周りちょろちょろマンという認知がされるだけ
実力がなければ、お話にならないと思う。
最悪なのは、こんな人間だ。
自分の方が「上で」なければ気がすまない人や、自分で全く意識しないまま自分が「上だ」という前提で生きてしまっている人や、ことさら自分の方が「上よ」自慢をする人は、嫌われるよ。考えてみよう。「下で、下だ、下よ」という扱いを受けて居心地いい人間なんていないもの。だれもそばに寄りつかない— 山田ズーニー (@zoonieyamada) 2019年6月24日
そして、こうなる。
バカな質問をする人へ pic.twitter.com/UOtWuFFnuE— スルメロック (@surumelock) 2019年6月23日
人は、相手を攻撃しようとするとき、どうするか?
自分の劣等コンプレックスを相手に投影して攻撃しようする。
つまり、自分が発した言葉で自分が壊れていくことになる。
行き着く先は自滅だ。
上から目線になる原因はいくつもある。
なかでも、自己承認欲求が強い人の上から目線は鬱陶しい。
「すごいって言ってもらいたい」
「自分のことを認めて欲しい」、そんな理由によって、上から目線な態度や話し方になってしまう。
褒められたり認められたりする経験が少ない抑圧された人生を送っている人たち。
成長過程で抑圧された反動で自己承認欲求が高まりすぎる。
周囲から認めて欲しいがために上から目線になり、嫌われ抜く。
「自分は優秀である」と誇示しようとするが、誰の目にも劣等・拙劣・劣悪なのは一目瞭然。
まわりの人から距離を置かれ、孤立する。
謎にプライドが高く、発言を撤回したり謝罪したりすることはない。
壊れた人間関係を修復することができない。
謙虚さに欠けるので、どうにもならないのだ。
人を見下す暇があったら、鬼練すること。
コツコツと地道に練習を積み重ねた自分を信じること。
やらなければならいことから逃げた者は、何者にもなれない。
何者にもなれない人生はつらい。
何者にもなれなかった人間は、最初は他人を見下す。
嫌われて孤立すると、これまで見下していた眼が自分に向く。
自分こそ、見下されるべき存在であることを突きつけられる。
スルメロックさんのマンガの、地道に積み重ねることをしなかった者の哀れな姿に重なる。
自分で自分を褒め、慰めたところで、救われない。
自分だけは自分のことをわかっていると、何万回自分で慰めても惨めなだけだ。
本音では、まわりの人たちに認めて欲しくて、褒められたくてたまらないのだから。
救われたいなら、謙虚に積み重ねの日々を送るべきだと思う。
生きてさえいれば、何度でも再起できる。
他人が真似できないような積み重ねをする覚悟さえ決めれば、道は拓ける。