アラン(Alain) |
「深い悲しみは常に体の不健康な状態から生じます。」
「実際には、私たちが幸福であるか不幸であるかの理由には重みがありません。すべては私たちの体次第なのです。」
「幸福とは、それを求めなかった者に与えられる報酬である。」
「自分以外の人や物事に言い訳を探す者に、決して幸せは訪れない。社会は諦めずに努力した者にその見返りを与える。」
「要するに、どんなしかたでもいいから出発することが必要なのだ。どこへ行くかはそれから考えればいい。」
「あるがままであってほしいと願うこと、ここにこそ真実の愛がある。」
「人間そのものが、動いている謎である。」
「私たちが話すとき、身振りや手話で、世界にある現実の物体を形作ります。ジェスチャーが見られ、言葉や歌が聞こえます。芸術とは単に一種の文章であり、何らかの形で言葉や身振りを修正し、目に見えないものに身体を与えるものである。」
「一言で言えば、大切なのは始めることです。そうすれば、自分がどこへ行くのか自問する時間が来るでしょう。」
「怠惰はあらゆる悪徳の母であるが、同時にあらゆる美徳の母でもある。」
「私たちは証明したいことを証明しますが、本当に難しいのは、何を証明したいのかを知ることです。」
「仕事はすべての中で最高でもあり最悪でもあります。それの最良のものは自発的ですが、最悪のものは卑屈です。」
「私たちは、自分自身をせん妄状態に陥らせ、自分の病気を他人に移す方法しか知らない二流の道徳主義者によってアドバイスされ、導かれています。」
「礼儀正しさは無関心な人に対してのものであり、気分の良し悪しは愛する人に対してのものです。」
「それぞれの人が他の人に期待できる唯一の援助を相手に与えました。それは、友人が彼をサポートし、彼が自分自身でいることだけを求めることです。人をありのままに受け入れるのは大したことではないし、最終的にはそうしなければならないが、ありのままであってほしいと願うこと、それが本物の愛だ。」
「アイデアが自分にしかないとき、アイデアほど危険なものはありません。」
「私たちは2つの種類の狂気の間でしっかりと立つ必要があります。それは、自分には何でもできるという信念です。そして自分たちには何もできないという信念。」
「考えるということは、間違いから間違いへと進むことだ。」
「勉強しなくなったら、勉強したことはそれほど大きなことではないと思います。」
「愛情:私たちの考え、計画、決意の中には、あらゆる程度の愛や憎しみ、喜びや悲しみが表れています。」
「私たちは観察と推論を通して、見かけに従って物事の真実を再構成することを学ばなければなりません」
「多くの人が、あれもこれも持っていないことについて不平を言います。しかし、その原因は常に彼らが本当にそれを望んでいなかったことにあります。」
名言ここまで
当たり前のことなのですが、「幸福になるためにすべきことはまず行動である」なのです。
アラン先生は、「幸福であることは義務でもある」と説きます。自分が幸福であることは、自分を愛してくれる人たちをも喜ばせることになります。自分を幸福にするだけで、周りの人たちを幸福にすることができるのだと教えてくれます。幸福を求めるのならば、積極的に幸福の中にいればよいのです。
「行き詰まりを感じた場合、あれこれ考えて悩まずに、まずはやってみるということが大切である」
よく、自分はたいした行動をしないくせに、行動した人にあれこれ難癖をつける人がいます。一瞥して不幸せな人生なのがわかります。
「どんなしかたでもいいから出発することが必要なのだ。どこへ行くかはそれから考えればいい。」
これもほんとそうで、実際にそうしている人を観察してみれば、そうするのが正解なのが一瞬で理解できます。 行動することは思いきって行うことなのだということがよくわかります。
アラン先生は、幸福や不幸は身体の状態次第だと、と一貫して言っています。不安に襲われているときは頭部前方位姿勢で背中を丸くしているでしょうし、イライラしているときは頭部前方位姿勢で肩甲骨を挙上前傾させているでしょう。
人間の体は正確に動くことを前提に設計されていますので、機能改善運動をするだけで気分が回復します。あれこれ考えて悩まずに、まずは頭部中間位姿勢がとれるようにエクササイズすることが大切なのだと、僕は考えています。