2018年4月20日金曜日

私の考えを理解できるということは、私と同じような脳の構造をもっているということです。

私のことを理解できるということは、私と同じような脳の構造を持っているということです。

私と同じような脳の構造を持たない人は、私の考えを理解できません。

脳の構造が違う場合、じっくり話を聴くことが必要になります。

同じような脳の構造が構築できたら、会話が成立するでしょう(笑)。
















身体操作法の解説をして動いてもらって、

「どうですか?」

と、たずねると、

「わかりません」

という返事が返ってきます。

表情も態度も、わからないということを表現しています。

わかるはずがないのです。

わかるくらいなら、一瞬で動きをトレースできるはずなのですから。

動きをトレースできないということは、脳の構造が違うのです。

感覚野も運動野も何もかも。

なので、「わかるまで繰り返し通う」ということが必要案件となります。


いつも語っていることなのですが、

「現在の脳の構造で理解できることなんて、ほぼほぼおかしなことだけ」

なのです。


運動機能的な身体トラブルを引き起こす状態の脳で思いつくことは破壊的です。

建設的なことを思いつくためには、トラブルを起こさない脳の構造を構築するのが自然です。


こういう風に考えた方がいいかもしれません。

「相手の動きの形態模写ができないということは、相手のことがわからないということ」

仲の良い友人やパートナーとは、だんだん似てくるのです。

「何考えているかわからない」のは、相手の動きがわからないということですから。


で、ここまで書いてみて思いました。

「でも、この記事を理解できるのは、すでに私の脳と同じ構造の脳を持っている人たちだけなんだよな(笑)」


今日から東京集中講座です。

脳の構造のお話もしてこようと思います。