2018年1月17日水曜日

自分を嫌う人が他人を愛することはできません。「動かすべきでない方向へは動かさない」のです。

「愛は自分を愛する力がなければ他人に愛を伝えることもできないのです。自分を嫌う人が他人を愛することはできません。」

大原敬子先生の言葉です。

カパンジー機能解剖学を読むたび、この言葉を思い出します。

カパンジー機能解剖学 頸椎と顎

「動かすべきでない方向へは動かさない」

「思い込みで身体を動かさない」

私はいつもいつも塾生たちに、そんなお話をしています。

自分を嫌っている人は、やっている実感がする動きを好みます。

自己破壊的な動きをしたがります。

「壊れるほど頑張ったから認めて欲しい」という印象を受けます。

もしくは、自分を罰しているように見えます。

カパンジー機能解剖学 上腕と肩甲骨と鎖骨

カパンジー機能解剖学 大腿骨

昨年は、「自分を嫌っている人が他人を愛することはできない」ということを実感した1年でした。

身体操作指導者には、「愛するということ(The Art of Loving)」が求められます。

自分を嫌っている人の動きは粗雑で乱暴です。

わずかな変化を感知する感受性もありません。

動きを良くする支持をする人間が自分を嫌っていてはお話にならないのです。


「自分大好き!」

でなければ、他者を愛することなどできないのです。


自分を嫌っている人は、やさしさに価値を見出すことができません。

というより、やさしさとはどういうものなのか理解ができません。

ナルシシストが、「賞賛されること」以外に関心がないのも同様です。

身体操作指導に向いていないということです。


人目を惹く目新しいことばかりをつまみ喰いしたり、

次から次に、認定を受けようとしたり、

奇抜なことばかりをしてみたり、

そんなことをどれだけ繰り返しても、自分を嫌っていたら何にもなりません。


むしろ、状況は悪化の一途を辿ります。

注目されたり脚光を浴びて状況を打開することはできません。

やさしい人間関係は、自らがやさしくなることでしか築いてはいけません。

それは、それなりに時間がかかることなのです。


関節の機能について学ぶのも同様です。

「どう動かすのが関節の構造に合っているのか?」

そう考えること自体が「愛の発露」です。

機能解剖学を学ぶことは、愛するということを学ぶということです。


自分を好きになりたかったら、

自分が自分の身体にしている非道な行いに目を向けることです。

自分の惨状から目を逸らさないことです。

自分が間違っていることに気づくことができれば、愛が生まれます。


たとえば、フットプリントひとつとっても、自分の愛のなさがわかります。

フットプリント

足の形状と圧力のかかり方には、自分の足への愛が表現されています。

自分が自分の足に、どれだけ非道な行いをしてきたかが正確にうつしだされます。

愛がある人は足に謝って手入れを始めるでしょう。

愛のない人は、そもそも足に関心をもつことすらありません。


「愛は自分を愛する力がなければ他人に愛を伝えることもできないのです。自分を嫌う人が他人を愛することはできません。」

大切なことなので2回書きました。


今年の安部塾は、自分を愛するをテーマに活動していきます。