2017年7月8日土曜日

神様は人を選びますよ? 救われる選択を、素直に受けいれましょう。

日本略史之内 素戔嗚尊出雲の簸川上に八頭蛇を退治し給ふ図岡芳年

先月、こんなことがありました。

行って聞いてみてわかった。御朱印帳のネッオ転売で、なぜ宮司は「もう来ないでください」と書いたのか









大切なことなので、もう1回リツイートします。



「そちらの神様は人を選ぶのか」とか……

古事記を読んだことないんでしょうね。

神様ほど、人を選ぶ存在はないと思います。

そもそもが、神様に好かれるような人間になることが大切なのです。


明治天皇さまの御製


鬼神もなかするものは世の中の
人のこころのまことなりけり

めにみえぬ神の心に通ふこそ
人の心のまことなりけれ


誠の心の持ち主は、

「そちらの神様は人を選ぶのか」

なんて言いませんよね。


というか、御朱印帳を転売するなんて、どんな心なのかと小一時間。




せっかくなので、聖書における予定説と自由意思説のお話を紹介したいと思います。

■予定説

誰が救われるかが、前もってあらかじめ選ばれていたかどうかは、すべて神様次第です。神様が救うようお選びになった人々は救われ、選ばれなかった人は救われません。神が救いを拒否されたという考え方です。

■自由意思説

救いから外れた人は、神様がそのようにお選びにならなかったからではなく、神さまの選択を拒否した人が、自らの自由意思で救われないことを選択したからです。神様が救われない人を選んたわけではありません。救われた人は、神さまがすべての人々へ与えた選択を、素直に受け入れただけなのです。

よく道端に、「神と和解せよ」という看板が掲げてあります。

神と和解せよ
自由意思説ですね。


浄土真宗の親鸞聖人のお話を学ぶとよいかと思います。

「なまんだぶ」の奥深さがわかると思います。


さて、日本の神様です。

日本の神様はその昔、世界の真ん中に「愛」を置くことにしました。

そして、イザナギとイザナミが、生まれます。

そして、さまざまな神が生まれます。

やがて、イザナミとイザナギの関係は破局を迎えます。

戦いを正当化する時代が始まりました。

そして、いまも戦いを正当化する時代は続いています。


元々のシステムである、「愛を真ん中に置く」という姿勢。

その姿勢をとることが、救いを受けいれるということだと考えています。


世の中には神様みたいな人たちがたくさんおられます。

そして、救われ方を教えてくれます。

素直に受けいれれば、救われます。

救われないという選択をやめ、救われるという選択をすればいいだけです。


10月の出雲合宿のときに、ヤマタノオロチのエピソードとともに、真ん中に愛を置くシステムのお話をしたいと思います。