2017年7月15日土曜日

先生というお仕事~「確認をするという訓練」が、自分への教育の一歩となる。

この記事、必読だと思います。
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同じことをしても、人によって結果は様々なのです。

私もよく、「~っていいんですか?」って質問されます。

「人によります」としか答えることができません。

弱っているときは、おかしな情報に心を奪われがちなので、要注意だと思います。


私も、「確認をする」という習慣が大切だと考えています。

ぬことひよこ

昨日、こんな記事を目にしました。










































素敵なツイートだと思います。

ぬことひよこ


数年後に効果が出ることを教えても、なかなかそのときは評価されません。

数年間、学び続けた人たちは、わかってくれることがあります。

教育効果には、時間差があるのです。

ほんとに結果を出せる先生は、なかなか評価されないものです。


先生というお仕事は、めんどくさいものです。

助かり方を教えても、「でも」「だって」を返されることがあります。

教えるのが当然という傲慢な態度をとられることもあります。

「どうせ自分なんて」とかいう展開もあります。


学習能力が低いと、素直に学ぶことより、反抗や落ち込むということを選択しますから。


不健康な人が、学習して健康な人たちのグループにはいったとき、

自分が苦労して学んだことは、健康な人たちにとっては当たり前のことだったことを、

これでもかというくらい、思い知らされます。

不健康な時は、健康な人が何を言っているのか、まるで理解できないのです。


例えば、「痛みの原因は、脳ですよ」と習っても、

「いや、私の痛みはどうのこうの」と反論します。

エビデンスのある知識を受けつけません。

簡単な話、痛みがない人の意見の方が説得力があるのですが、そこが通じません。


情報の確認をするという能力に欠けている人は、自分に都合のいい情報だけを見つけます。

結果、ボロボロになります。

ボロボロになるほど、論理的整合性のない情報ばかりを収集するようになります。

救われない負の連鎖です。


人生の早い時期に、よい先生に出会えるということの大切さを、いつも実感します。



まあ、よい親に恵まれれば、先生はいらないんだけど(笑)。