2017年4月24日月曜日

死と再生~全身麻酔で一回仮死してみて、考えたこと。

全身麻酔

全身麻酔(ぜんしんますい、英: General anesthesia)は、麻酔方法の一つ。手術に付随して行われる医療である。手術する部位のみを麻酔する局所麻酔に対し、全身麻酔では全身を麻酔する。全身麻酔では意識が消失する。
全身麻酔下では患者は苦痛を訴えることができないので、麻酔科医が注意深くモニターする必要がある。全身麻酔の大きな魅力はあらゆる部位の手術に用いることができることである。また、麻酔の目的として鎮静(意識消失)、筋弛緩、鎮痛、有害な副交感神経反射の抑制があげられるが、全身麻酔は基本的にはこれらの条件を全て満たす。

参考サイト

全身麻酔すごすぎわろた【2ch】

【麻酔科医が解説】全身麻酔と局所麻酔の違い・リスク


人類の普遍的なテーマとして、「死と再生」があります。

「蘇(よみがえ)りたい」という、根源的感情。

古代神話や古代遺跡の研究をしてみると、すぐにわかります。

蘇ることで、人は力を得るのです。


死と再生の神

生きている神的存在が、一度死に、死者の存在する地下世界に行った後、再生するという説話は世界中に広く分布している。「死」「再生」は文字どおりのものとは限らず、食(日食、月食)などで象徴される場合もある。 引用ココまで



ただ生きているだけでも、象徴的な死と再生を繰り返します。

古い何かが終わり、新しい何かが始まるのです。

象徴的な死を迎えられなかったら、肉体的に死んでしまいたくなるでしょう。

象徴的再生を遂げられなかったら、心的外傷(トラウマ)を負うでしょう。


死と再生

擬死再生ともいう。儀礼的,象徴的な死とそれに続く誕生 (再生) のこと。世界各地の諸民族の大部分にみられる通過儀礼において顕著な特徴である。ある社会的地位や位置,集団から,別の社会的なそれへと移行する際,その移行が円滑に行われるために,移行する人は一定期間社会から,すなわち帰属すべき双方の集団や状態から隔離される。これを一時的な「社会的死」の状態とみることができる。この期間は,いままで属していた集団に必要であった諸属性やパーソナリティを破棄し,これから加入する新しい状態に必要な諸属性やパーソナリティを修得するための準備の期間である。したがって儀礼中にみられる象徴的な死と再生のモチーフは,古い社会的人格としての「死」と新しい人格としての「誕生」を示したものと考えられる。儀礼期間中の特徴として,無秩序 (カオス) 的,非社会的あるいは曖昧な性格が現れることがよく知られている。こうした「死と再生」の観念は,成人式や結婚式などに顕著にみられる。山岳宗教である修験道の峰入修行も,「母胎回帰」すなわち象徴的な「死」と象徴的な「再生」の観念に支えられた仏の胎内での修行であるとされている。
出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
引用ココまで


昔、はじめて高千穂の天岩戸神社で夜神楽を観て以来、岩戸びらきが好きになりました。

岩戸をひらくためには、岩戸に隠れなくてはなりません。

目的論的には、岩戸をひらくために、岩戸に隠れるということになります。

周りの神たちは、岩戸に隠れるように、協力しただけなのかもしれません。

岩戸びらき

先日の阿多隼人まつりで、岩戸隠れ~岩戸びらきの創作舞を演出してからの全身麻酔による仮死。

そして、覚醒。

私にとっての、岩戸開き=死と再生を完結しました。

言葉にするのは難しいのですが、根本的に何もかもが変容しました。


「世界は、こんなにも美しい」という感じです。


私が主催している安部塾に入塾するということは、象徴的な死を迎えること。

そして、塾生として学ぶということは、象徴的な再生を遂げるということ。


そういうことなのだと、理解しました。


主催者の私自身が、象徴的な死と再生を繰り返すことが大切なのです。

Resetです。




いつも同じ涙ばかり 流し続ける 

失くさなければ 気づかないから 

ただ一つ 願いが かなうのなら

昨日の自分に「さよなら」 

変わらない想いがあるのならば 

いつか桜の木の下で

あの日の約束が 色褪せないように 

指でなぞってみる 朝のまばゆい光

ひとつとして同じ時は訪れないから 

もう迷わずに 先へ進むの

大切な祈りが届くように 今日も歌い続けてゆく 

探してた答えはきっとあると そっと教えてくれる



今日で休みが終わります。

明日、復活します。