2017年4月28日金曜日

余生(残された人生)を楽しむ~周りは私に何を必要としていて、私に何ができるのかを考える。

以前、こんな記事を書きました。

「自分を大切にして、人間関係を良くするのが先だと思いますよ」

「生きがいとは、自分を徹底的に大事にすることから始まる」

「自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない」

「心の良い習慣というのは表情やしぐさにあらわれる。人の顔つきも習慣なのですね」

「未知の世界に自ら飛び込んで、やったことのないことをやることによって、使ったことのない脳が働き出す」

「かつて自分ができなかったこと、やり残したことを、思い切ってやることが、「夢を叶える」ということなのです」

「自分以外のことに自分の時間を提供するためには、周りの人間から孤立して、自分だけの世界に閉じこもっていてはいけない。人々とともに生きる世界に自分を置き、周囲がいま何を必要としているのか、自分には何ができるのかを絶えず考えながら、毎日の生活を送る必要がある」

「なんと言っても、人が人に与える最高のものは、心である。他者のための「思い」と「行動」に費やした時間、人とともにどれだけの時間を分けあったかによって、真の人間としての証がなされる」

日野原重明先生 金言

何回読んでも、ほんとにそうだと思います。

私の残りの人生も、命尽きるまで現役で過ごします。

余生=現役という感覚です。

何度も死にかかっては蘇ってきたので、なかなか逝けないと思います(笑)。


いつの頃からか、周りが必要としていることをやるようになりました。

それからの私の人生は順調です。

自分がやりたいことで、自分にできることをやって生きています。

孤立することがなくなりました。


当たり前のことですが、人気があるという事実は、素直に嬉しいものです。

好かれる努力をして好かれるのではありません。

やりたいことをやって好かれるのです。

その差は、天と地ほどの違いがあります。


そして、やり残しがないように生きていくことが大切だと思います。

悔いのないように生きるということが、余生を楽しむということだと実感しています。

やりたいことが見つからないのは、周りが何を求めているかに焦点が合わないからです。

視機能の問題だと言えます。


今日の塾生講座で、「やりたいことの見つけ方」について解説します。

身体機能の解説は、足関節と全身の運動の協調性についてです。