2017年1月29日日曜日

身体操作指導者の、あるべき姿。

かむあたつひめ(鹿児島・笠沙)


「誰も降りられるわけがない。その姿を目にした以上」


それが、身体操作指導者のあるべき姿。


自分を、実際の自分より良く見せる必要はない。

感情が伴わない表情をつくる必要はない。

気持ちが伴わない動きをする必要はない。

余計なことをすればするほど、心が乱れるから。


心の乱れは脳機能の崩壊。

脳機能が崩壊すれば、美しい動きはできない。


美しい動きができなければ、詰む。

心身両面で。


動きが美学的に美しいということは、構造学的に正しいということ。

その姿は、観る者の心を奪う。


そう。

身体操作指導者に、能書きはいらないのだ。


ただ、動くだけでいい。

いや、動く必要すらない。

そこに佇んでいる=ただそこにいるだけでいい。

存在するだけでいい。


それが、身体操作指導者の、あるべき姿。


昨日から、あるべき姿で生きていくことにした。

常に、構造学的に正しい動きをする。

それが、これからの私の生き方。

残りの人生を、悔いなく生きるために。