2016年12月3日土曜日

主観的に(自分勝手に)お話しする人は破綻する。客観的に=ありのままにお話しする人は成立する。

昨日の記事の続き。

しゅかん‐てき〔シユクワン‐〕【主観的】 の意味
[形動]
1 表象・判断が、個々の人間や、人間間の心理的性質に依存しているさま。⇔客観的。
2 自分ひとりのものの見方・感じ方によっているさま。「―な考え」⇔客観的。

きゃっかん‐てき〔キヤククワン‐〕【客観的】 の意味
[形動]
1 主観または主体を離れて独立に存在するさま。⇔主観的。
2 特定の立場にとらわれず、物事を見たり考えたりするさま。「―な意見」「―に描写する」⇔主観的。

主観・客観


主観の元にお話する人は、自分のまわりの世界についての自分勝手な持説を展開します。

なので、世界をありのままに見ることができません。

結果、破綻します。

世界が、痛みと苦しみに満ちたものになってしまうのです。


客観の元にお話しする人は、ありのままの世界を偏りなく見ることができます。

存在するものすべてが、相互に繋がって関係していることが理解できます。

結果、成立します。

世界が、喜びと楽しみに満ちたものになります。


主観で物事を見ている人には、自分の思う結果へ、物事や他者を操りたがります。

競争的な付き合い方(支配と服従)によって、嫌々妥協する展開となり、いずれは破綻します。


すべての物事を客観的に見れる人は、物事や他者を操ろうとしません。

対等的な付き合い方によって、妥協しなくていい展開となり、成立し続けます。


痛みに向き合うということは、主観を手放すということです。

物事を理解する力に乏しいから、痛みや苦しみに満ちてしまう。

脳機能を学ぶと、そのことがよくわかります。

ありのままに見ようとしていれば、人生は良い方に展開します。


ありのままに見るために、アイックスさんがこの世に存在します。