2016年10月19日水曜日

暴力を行使するから人間関係が破綻するのではなく、人間関係が破綻しているから暴力を行使する。

さっきの記事の続き。

重い話なので、読まない方がいいと思う(笑)。


今日、このツイートを読んで、48年間の疑問が氷解した。


僕は、父親に殴られて育った。

母親は、殴る父親を制止しなかった。

そして、僕の父親もまた、祖父に殴られて育った。

そして、祖母もまた、殴る祖父を制止しなかった。


僕の家は、僕が生まれたときから破綻していたのだ。

破綻していたから、暴力を行使するしか選択肢がなかった。

そんな中で育った僕は、良好な人間関係の構築の仕方を学べなかった。

結果、良好な人間関係を築けずに生きてきた。


僕は、父親が心から笑っている顔を見たことがない。

アルバムを開いても、そこには虚しい顔をした父親しかいない。

僕の娘と一緒のときの顔は、救われたような顔をしている。

僕の娘は、僕の父親を救うために生まれてきたのだと思う。


僕も、娘によって救われた。

娘がいなかったら、完全に詰んでいた。

娘によって引き出してもらった能力のお陰で、僕は現在の仕事ができている。

僕の父親スキルは、娘の献身によって研磨された作品なのだ。


娘には、心から感謝している。


話を戻して、僕は、暴力の行使によって意見を通す人たちの中で育った。

圧倒的な暴力を行使することが正義だった。

中学で父親に骨折させられ、高校で父親を眼窩底骨折させた。

暴力で圧倒できるようになったら、父親がおとなしくなった。


いま思えば、頭がおかしいのだが、当時はそれが当たり前だった。

当時の自分の写真を見ると、ほんとにひどい顔をしている。

人間関係が破綻していると、顔が歪む。

歪んだ自分の顔を見ていると、可哀そうになる。


いつだったか、友達の家に遊びに行ったとき、衝撃を受けた覚えがある。

その子とその子の父親が談笑していただけなのだが、ほんとに驚いた。

「え? 殴られずに話が進むの?」

説得するのに暴力行使が必要ないということが、当時はどうしても理解できなかった。


すべてが、力づくだったのである。

「喧嘩の勝敗が意見の正誤」という、バカな話である。


そして、突然やってきた、「父親の死」。


関係が断絶していた父親が、死ぬ直前に電話をかけてきた。

僕に父親が頭を下げたはじめての時間だった。


その数日後、父親は☆になった。


娘とふたりで父親の棺桶の前で寝た。

母親との関係が破綻していた父親にとって、たった二人だけの身内。

それが父親が生涯で築けた人間関係のすべて。

考えてみたら、壮絶に孤独な人生だったのだと思う。


それから、僕の人生の好転が始まった。


それからのことは、多くの人たちが知っている通りである。


ひとつだけいえることがある。


力ずくで相手を動かそうとしている限り、愛されることはない。

上下関係には、愛なんてない。

愛し合っていれば、自然と対等な関係となる。

だから、対等でいようと決めてしまうことが、愛される機会をつくることになる。


誰にも理解してもらえなかった人生の前半。

僕と関わっても、いいことなんてひとつもなかったと思う。

人生の後半になって、沢山の人たちに理解してもらえている。

僕の存在によって人生を好転させる人が続出している。


変われば変わるものだと思う。


思うのだけれど、暴力行使を封印するといいだけなのかもしれない。

たとえ、現在の人間関係が破綻していても、暴力行使はしない。

そう決めてしまえば、人間関係のスキルを磨くしかなくなる。

磨かれたスキルは、人生を好転させてくれるという流れだ。


長くなったけれど、感じたことをそのまま書いてみた。