2016年9月11日日曜日

身体使い(ボディワーク)と精神使い(メンタルワーク)~陰陽の和合と中庸の徳~古代中国の叡智『健身球』

古代中国の叡智『健身球』

身体と精神の陰陽を和合させます。

健身球(陰陽・小)

健身球は、正しく使うと身体と精神の状態が劇的に改善します。

『手は外部に存在する脳である』と、健身球の解説にあります。


感覚野・運動野ホムンクルス的にも、その通りです。

機能解剖学・生体力学的にも、理に適っています。

『健身球を回さずして、真の肩の動きを学ぶことはできない』

そんな気持ちにさせられます。

感覚野・運動野 手は外部に存在する脳

安部塾はボディワークを学ぶ場所です。

そして、メンタルワークもやります。

ボディ(身体)とメンタル(精神)を分けて考えていません。

壊れるときは、身体と精神は同時に壊れると考えています。


健身球すらまともに操れないような状態の身体。

そんな身体の状態で、まともな精神状態でいられるでしょうか?

僕は、断じて否だと思います。

足趾が使えないとか、足がつるとかも同じです。


僕は、メンタルワークに傾かないように指導しています。

まず、ボディワーク=身体使いありきだからです。



わずか10円のミニスーパーボールが起こす奇跡。

1.500円の健身球が起こす奇跡。


それはもう、ほんとに文字通りの奇跡です。

精密に計算されたボール使いがもたらす奇跡なのです。


手指・足趾を動かすことの大切さは、賢者であればすぐに理解できます。

賢者の手先・足先の動きが美しいことは、よく知られています。

屈曲連鎖も伸展連鎖も、指・趾が命です。

自在に動く指・趾なくして、まともな筋肉連鎖はあり得ません。


筋肉連鎖を学べば、健身球の凄さが理解できます。


孔子先生のたまわく、

「中庸の徳たる、其れ到れるかな(不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できるということは、人徳としては最高のものです)」


健身球を回していると、中庸の徳の意味がわかるような気がしてきます。