2016年8月17日水曜日

孔子・論語と安部塾~ダメなままリスペクトされるということ

安部塾は、孔子・論語の影響を強く受けています。

2015年10月に発売された孔子の実像についての本があります。

エラい人にはウソがある

書いてある内容を読めば、僕がどれだけ影響を受けているかわかります。

・ダメっぷりこそ孔子の魅力

・終生、認められなかった残念な人

・過去の人を神格化しない

・ダメな姿を美化しない

・努力は必ず報われるわけではない

・ダメな孔子をリスペクトしていた弟子たち

……そう。ダメさ加減こそが孔子の魅力なのです。


おそらく、弟子たちはダメだけど努力し続ける孔子の生きざまを認めていたのです。彼らは孔子が偉人だから尊敬していたのではありません。立派な人だから慕っていたのではありません。偉大でもないし、立派でもない。世間の基準で言えばダメな人間だと承知のうえで、孔子を尊敬し、慕っていたのです。125P

『論語を編集した弟子や孫弟子たちは、ダメな孔子を認めていたのです。世間からバカにされようと、暴力的になることもなく理想を追い求めつづけた、ありのままのダメな孔子をリスペクトしていました。その気持ちを隠すつもりなど、さらさらなかったんです。127P

引用ココマデ


僕も、「ダメなまま尊敬される」のを基本としています。


論語を、なんとなく意訳してみましょう。

学んだことを何度も復習していると理解が深まり自分の血肉にできる。それは人生の歓喜。学問について志を同じくする友が遠くからやってきて学問について語り合う。なんて楽しいことなのだろう。他人に認めてもらえるとかもらえないとか、そんなことなんて気にかけず学び続ける。それが君子。

すぐれた人に出会ったら、近づこうと努力する。くだらない人に出会ったら、自己反省の助けにする。

人の生き方は、本来、素直であるべき。しかし、その逆のねじ曲がった生き方をしている人は、偶然助かっているだけ。

私は生まれながらの天才ではない。昔のことが大好きで、先人が歩いた王道を懸命にまなんでいるだけ。

自分を隠さずさらけ出すことが最良の教育方針。

自分の行いが正しければ、命令しなくても実行される。自分の行いが間違っていれば、どんなに命令しても実行されない。

君子は協調性に富み、人々と調和するが、むやみに妥協はしない。

共に語り合える人物と出会いながら語り合わないのは、友を失うことである。語りたくない人と語り合うのは、言葉の浪費である。知者は友を失うこともしないし、また言葉も失わない。

君子は三度(たび)姿を変える。遠くから見ると、近寄りがたい厳しさがある。近寄ってみると、意外とあたたかい。しかし、言葉を聞くと手厳しい。

賢者でもそうでない人も、それなりの見識はもっている。どこに行っても学ぶに値する人はいる。どこにっても学ぶことができる。誰かも何かを学びとろうとする。だから、特定の師をもたない。

寛大であれば人望が集まる。誠実であれば信頼される。勤勉ならば実績はあがる。公平であれば慕われる。


孔子を聖人化・神格化せずに読めれば、論語は学ぶ楽しさを倍増させてくれます。


そして、9月4日(日)の長崎孔子廟研修旅行。

孔子・龍

僕なりにあたためてきた、孔子のお話をします。

参加すれば、人生が歓喜に包まれます(笑)。


参加できない人のため、9月3日(土)に、『孔子の魅力』についての講座をします。

詳細が決まり次第、お知らせいたします。