2016年4月19日火曜日

休まずに勉強しに通うということ

青年は主張する。「ルールを破った者を処罰するのは当然だ!」 より

もしも「𠮟る」という手段が教育上有効であるのなら、せいぜいはじめの何回か𠮟っておけば、問題行動はなくなるはずです。それがどうして「いつも」𠮟ることになってしまうのか。どうして「いつも」恐い顔をして、「いつも」大きな声を出さないといけないのか。不思議に思ったことはありませんか?

これは「𠮟る」という手段が教育上なんら有効でないことの、動かぬ証なのです。

彼らの問題行動は「あなたに𠮟られること」まで含んだ上での、問題行動なのです。𠮟責されることは、彼らの望むところです。

𠮟られて喜ぶ人はいないでしょう。でも、「自分は〝𠮟られるような特別なこと〟をしたのだ」という英雄的達成感はあります。𠮟られることによって、自分が特別な存在であることを証明できるのです。

引用ココマデ

外反母趾 プロメテウス解剖学より

「叱る」という手段は、教育上何ら有効ではありません。


今日のお昼に、某牛丼屋さんにいた親子を見ていて実感しました。

「どうしてお母さんの言うことが聞けないの!」

「お母さんの言うことを聞かないなら、あなたのことを嫌いになるわよ!」

子供は、生きるのに疲れた表情をしていました。

まだ幼稚園児くらいなのに。


あんな母親とずっと生きていかなくてはならないとしたら、僕もあんな顔になるでしょう。

絶望的に死んだ目をしていました。



さて、最近の安部塾は、内容がとても濃くなりました。

ちょっと休んでいると、置いてけぼり感満載になるようです。

はじめて参加すると、圧倒的な内容に、ついていけるのか不安になるようです。

「休まずに通ってくればいいのに」って思います。


かといって、「勉強しなさい!」と叱るのは有効ではないと考えています。


通った人と通わなかった人の比較をしてみます。

通った人たちの方が好結果を出していれば、教えている内容に問題がないと判断できます。

その逆なら、教えている内容がダメだということです。

わかりやすい指標です。


いつの頃からか、本気で学びたい人だけに来て欲しいと願うようになりました。

そうしたら、本気の人たちだけが残りました。

人数は減りましたが、内容を本気モードにできるようになりました。

楽しくて仕方がありません。


これからますます、僕は本気度を増していくと思います。

休まずに通ってくれる人たちがいる限り、僕も突き進んでいきます。