2016年4月26日火曜日

自分や他人を、「依存」と「無責任」の地位に置かない。

https://cakes.mu/posts/12662

哲人 カウンセリングも同じです。われわれはカウンセリングをするとき、相談者を「依存」と「無責任」の地位に置かないことに細心の注意を払います。たとえば、相談者に「先生のおかげで治りました」と言わせるカウンセリングは、なにも解決していません。言葉を返せば、これは「わたしひとりではなにもできない」という意味なのですから。

青年 カウンセラーに依存していると?

哲人 そう。これはあなた、つまり教育者にも同じことがいえます。「先生のおかげで卒業できました」とか「先生のおかげで合格できました」と言わせる教育者は、ほんとうの意味での教育には失敗しています。生徒たちには、自らの力でそれを成し遂げたと感じてもらわなければなりません。

青年 し、しかし……。

哲人 教育者は、孤独な存在です。誰からもほめてもらえず、労をねぎらわれることもなく、みな自力で巣立っていく。感謝すらされることのないままに。

青年 その孤独を受け入れるのですか?

哲人 ええ。生徒からの感謝を期待するのではなく、「自立」という大きな目標に自分は貢献できたのだ、という貢献感を持つ。貢献感のなかに幸せを見出す。それしかありません。

引用ここまで

安部塾は依存を避けます。依存して(されて)いいことなんて、ただのひとつもないからです。自立した人間同士がお互いに助け合うのが基本です。うまくいかないのを誰かのせいにして生きていこうとする人は、いつの間にかいなくなります。そして、去る人を追いかけることはありません。

「依存」と「無責任」の地位に置かないこと

それが安部塾そのものです。何の支配もないがゆえ、すべて自分の責任です。誰かのせいにしたい人の居場所はありませんし、上から目線で他人の御世話を焼きたがる人の居場所もありません。いままでも、そしてこれからも、そんな人たちの居場所をつくる気はありません。

自ら考え行動し、その責任を自ら引き受ける人たちの集まり。

後悔は行動の証です。やらないで後悔するより、やって後悔していきます。