2016年3月31日木曜日

両親から受け継いだ遺伝子=本質的なもの~「家族が私の幸不幸を左右するわけではない。」

遺伝子
今朝、FBでシェアした記事より

今の私が感じている、災禍も幸福も、おなじひとつの歪から、発生しているのだ。

人間、悪だと分かりながらもどうしても何かの行為に手を染めてしまうこともあるし、それが幸福のためとは限らないこともある。

さらに、そのことが最終的に良い結果をもたらすか、悪い結果をもたらすかは、誰にもわからないのだ。

私はその事実のみと仲良くし、過ちを犯した人間とは、距離を置きながら許したい。

私の日々の生活は両親が作っているわけではなく、人生に否応なく流れ込んでくる、砂粒のように小さな無数の物事によって成り立っている。

友達だったり、恋人だったり、仕事だったり旅行だったり、今日の夕飯だったり。

自分の出自がどうのこうのよりも、スーパーの魚売り場で、どの鮭の切り身に一番脂が乗っているかを見極めることのほうが、今の自分にとっては100倍重要だ。

家族が私の幸不幸を左右するわけではない。

だって私たちは、歪でも家族なのだ。

私の家族は、私も含めて歪だが、歪であるがゆえに、チャーミングだ。

この歪さを、突き放しも否定も、またそれに甘えもせずに、小脇にしっかりと抱えて、人生を生きてゆきたい。

引用ココマデ


「家族が私の幸不幸を左右するわけではない。」

大切なことなので、二度書きました(笑)。


引用元にもあるように、自分という存在は『親の生き写し』です。

だって、遺伝子引き継いでるんだもん(引用元風にw)


だとしたら、子は親を誇りに思うのが自然です。

そして、親は子を誇りに思うのが自然です。


自慢の親と自慢の子という親子関係。

誰に自慢するわけでもなく、お互いの存在を誇りに思える関係。


それが、心身を健康に保つ=しあわせである基本。


たとえ、傍目に見て『どうしようもない親』だったとしてもね。

親という存在は、自分の半身なのです。


心屋さんのこの記事。

■病気は自分らしく生きていないサイン

これは

統計学的なものでもなく
後天的なものを排除した
「本質」の話です。

「相対的」なものでもない
「絶対的」な分類をしています。

「後天的」なものは
育った環境によって自分を守るために
自分が作り上げた鎧です。

それを「これがわたしだ」と言うのは
どんどん自分から離れていくこと

自分らしくない生き方、です。

自分らしくない生き方をしてると
「そうじゃないよ」というサインがいっぱい来ます。

問題が頻発したり
今回のように病気になって
強制終了したり、とね。

引用ココマデ


安部塾で言う、『どん詰まってる人』。

まんま、自分という存在の特性に対する認知が歪んでいる人。

思い込みによって、本質的な自分からかけ離れた行動をとってしまう人。

できもしないのに(やりたくないのに)、やろうとしてしまう人。


自分らしくない行動をとると、体調が悪くなります。

人間関係が崩壊します。

次々に問題が起きます。

で、強制終了します。


ほんと、『これでもか』ってくらいにね。


でも、本人が自分らしさを勘違いしているので、自分らしくない行動をとり続けます。


どん詰まる人には特徴があります。

「両親、もしくはどちらかの親を悪人だと考えている」

そして、「親と仲良くできない=親を受容できない」

自分の生き写しを否定しているのだから、うまくいかなくて当然です。


そこにいる大嫌いな親こそ、自分自身の本質そのものなのですよ。

否定しようのない現実なのです。


なので、自分の親の良いところを100個くらいは、すらすらと並べたいものです。


「家族が私の幸不幸を左右するわけではない。」

大事なことなので、3回書きました(笑)。


自分の幸不幸の責任=課題は、自分自身にあります。

日々のしあわせをつくるのは、自分自身なのです。