2016年2月17日水曜日

「どうせ自分にはできない」と考えてしまう人がいるのはなぜか? 我慢ばかりする人は、いつも不機嫌で、行動習慣を変えることができない。

うまくいかない人の口癖を観察してみましょう。

「どうせ」「だって」「でも」「できない」「だめ」「どうして」

Dで始まる言葉を多用していると思います。

「どうせ自分にはできない」と、心の底で感じているのがわかります。


なぜ、そんなことになってしまったのでしょうか?

ダイエットが成功しない理由としてよく引用される自我消耗説で説明できます。


■ロイ・F・バウメイスターの自我消耗説

人間の我慢・自制心には決まった容量がある

何かをしないことに自制心を使うと自制心資源が減少し、

それ以外のことに対して自制心が働かなくなってしまう。

自我消耗が起きると、自制心が減る。

自分の思考・感情・行動が制御しにくくなってしまう。




鍵は、『我慢することは良いことだ』という思い込みにあるのかもしれません。

いちばんやりたいことを我慢したとします。

そうすると、その他のやりたいことを我慢する認知的資源が枯渇します。

やりたいことの我慢で、自我を消耗させてしまったからです。


何度も何度も繰り返し我慢をしたとします。

いずれ、耐えることができなくなります。

結果、以前より強い不適応行動をとるようになります。

そして、我慢しては不適応行動をとるというパターンを繰り返します。


ここまで書けば、わかるとい思います。


自分自身の意思決定に対する信頼が失われてしまうのです。

度重なる我慢の失敗によって、強い思い込みが生まれます。

「どうせ自分なんて、できない人間だからいいんだ」

強固な自分の意志決定に対する不信感が、行動習慣を変えにくくしてします。


むりやり我慢をしていると、理性が失われます。

自分の気持ちを抑えつけて頑張っていると、自制心が失われます。

必ず、反動で自分を抑えることができなくなります。

自分をコントロールできなくなった状態のひとつが、体型崩壊や体調不良ということです。


我慢ばかりしている人を、少し観察してみてください。

自我消耗しているのがよくわかると思います。

D言葉を連発するのも。

そんな人は、たいがい不機嫌だと思います。


→ なぜ不機嫌になるのか:自制心と怒りの研究 

自制心の発揮は怒りの抑制を困難にするだけでなく、怒りをテーマにした映画を観たり、怒りに関連する情報について考えたり、怒りの表情を見たりすることへの関心を高めることを示した。

すなわち、自制的な行動をとることは、自我を消耗させるだけでなく、自我を不機嫌にする効果さえあったと考えられるのだ。

引用ココマデ


世の中や上司に怒っている人って、自制的な行動をとろうとしますよね。

そうやって認知的資源を消耗させた結果として、不機嫌になっているということです。

『金持ち喧嘩せず』

って、これもあるのだと思います。


我慢ばかりしている人は不機嫌。

我慢しない人は御機嫌。

安部塾でよく僕が話している内容ですね。

「我慢ばかりしていると、不適応行動の嵐になってしまうよ」というやつね。


うちに入塾して、継続して通えている人には特徴があります。

『我慢しない』

いやほんと、我慢しません。

我慢しないから機嫌が良いので、うちに通うお金と時間がつくれます。


我慢すると、お金と時間がなくなってしまうのです。

お金と時間を生み出すのは、認知的資源=意思決定の力ですから。

我慢することに認知的資源を使うと、仕事の意思決定=決断ができなくなります。

何より、不機嫌なので良客がつきません(同じように不機嫌な悪客ばかりという)。


我慢すると、親友ができません。


認知がゆがんでいない人は、不機嫌な人を避けます。

というか、そこに不機嫌な人がいることに気がつかないと思います。

課題の分離もできていますしね。

我慢せず、御機嫌に、適正な判断力を発揮し続けます。


理想的ですね。


これ、シャドゥともつながってると思います。

嫌いな相手というのは、自分の嫌な面ろ同じものをもっている人です。

自分の中の「シャドゥ(影)」が刺激されて、嫌いだと感じるのです。

無意識のうちに、相手に自分のシャドゥイメージを投影しているのです。

シャドゥが自分のものとして認めがたい場合、
他人に投影して、悪いのはすべて他人だということにしてしまう。


不機嫌な人って、基本全部他人のせい・世の中のせいですよね。

それか、全部自分が悪いかの二極思考。

自分が悪いのは間違っていないのですが、何が悪いかがわかっていないが故の全否定。

なので、相変わらず不機嫌なままです。


自分の中の否定的な面を認め、それを直視すること。

そこに、肯定的なものを見い出して、自我に統合すること。

自分の性格を幅のある豊かなものにしていくこと。

行動パターンを増やしていくこと。


シャドゥの考え方を自我消耗と照らし合わせると、どうしたらいいのかわかりますよね。


マタニティ・エクササイズと自我消耗説は、切っても切れない関係にあります。

続きは、塾生講座で(^^♪