2015年8月27日木曜日

自分の存在価値を自分で認めよう

人生のバンジー台という記事を読んでいたら、こんな言葉が。

「友達がいない自分」
= 「存在価値のない自分」と向き合うこと
それがつらかったのだな~と
今なら思います。

でもね。という思いも。


「私は友達がいないんだ~」という現実を見たくないから

とりあえずの仲間を探してつるんで群れて。

一人になったら動けない、

そんな自分になんとか価値を見出すための
「友達というつながり」もあります。

そんなのしたい?

と聞くと
心の奥で、もう一人の私が
「やーなこった!」っていうんですね。

引用ココマデ


僕の好きなネタです。

「自分で自分に存在価値がないと思っているから、友達がいない」

僕は、そう考えています。


立場を変えて考えてみましょう。

いちいち承認を求めてくる「自分に存在価値がないと思っている人」と、お友達になりたいですか?

僕は、なりたくありません。


存在価値なんて、もともとあるのですよ。

ただ、生きていてくれるだけでいいのです。

いや、ほんとそう。

娘とw
何かの条件を満たしたときだけ生まれる価値は、存在そのものの価値ではありませんよね?

むしろ、認められようとして余計なことをすればするほど存在価値はなくなります。

メンドクサイですからね。



自分で自分の存在価値を認めることができれば、本気でやりたいことに取り組めます。

世の中は、そんな人をほおっておいてはくれません。

四六時中、あらゆる場所で求められます。

「友達になってください」って。


同じように、「自分で自分の存在価値を認めている人たち』と、つながるのです。


逆に、自分の存在価値を認めていない人が何人集まっても、ほおっておかれます

ほおっておかれたそうな態度をとるからですね。

自覚ないですけど。


「どうせ私には存在価値なんかないのだから、ほおっておいてください!」

全身全霊で、そんな態度をとるわけですから、当然の帰結です。

「ほら、やっぱり私には存在価値がない!!」って確認して安心するという謎展開。


まわりの人は、本人の要望を叶えてくれているだけなのです。


安部塾で教えていることって、たったひとつなのですよ。

「あなたが自分の存在価値を認めれば、根こそぎ問題が解決しますよ~」

自分の存在価値を認めない限り、身体操作は上手くなりません・・・・・・永遠に。


冷静に考えてみてください。

身体の使い方だけ練習して、本当の意味で体調が良くなると思いますか?

ありえないでしょ?


認めるしかないですよね?

自分の存在価値を!