2014年12月9日火曜日

クライエントを依存させるようなセラピストは育てたくないのです

『セラピスト 依存』でググってみると、こうなります。

セラピスト 依存


まあ、救済者になりたい病のセラピストは、やらかしてしまいがちですよね。


メサイアコンプレックス(英語: Messiah complex)とは、個人が、救済者になることを運命づけられているという信念を抱く心の状態を示す言葉である。キリストコンプレックスもしくは救世主コンプレックスとも呼ばれる。

概要

メサイアというのは、一般的な日本語ではメシア(救世主)と言われるもののことである。この心理が形成されるのは自分は不幸であるという感情を抑圧していたため、その反動として自分は幸せであるという強迫的な思いこみが発生するとされる。さらにこの状況が深まると、自分自身が人を助ける事で自分は幸せだと思い込もうとする。

なぜこのような論理になるかと言えば、幸せな人は不幸な人を助けて当然という思い込みを自らに課す事で「自分は幸せである、なぜなら人を助けるような立場にいるから」という理論を構築できるためである。本来は人を援助するその源としてまず自らが充足した状況になることが必要となるのだが、この考えは原因と結果を逆転させており無論無理がある。

結局のところそういった動機による行動は自己満足であり、相手に対して必ずしも良い印象を与えない。また、相手がその援助に対し色々と言うと不機嫌になる事もある。しかも、その結果が必ずしも思い通りにならなかった場合、異常にそれにこだわったり逆に簡単に諦めてしまう事も特徴的である。


引用ココマデ


いつも体調が悪い治療師・医師

筋肉も関節もカチカチに固まっているマッサージ師・整体師

体型が崩壊しているフィットネスインストラクター

ケガばかりしているヨガインストラクター

・・・・・・よくあることではありますが、メサイアコンプレックスですよね。


僕の持論ですが、まずは自分が満たされていないと、お話にならないと思うのです。

満たされていないセラピストは、クライエントを必要とします。

セラピスト自身に依存性があると、共依存となります。

いわゆる『泥沼』というやつです。


共依存

共依存(きょういそん・きょういぞん)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存する、その人間関係に囚われている状態を指す。一般的に「共依存」と言うと、病的な人間関係などを指すことが多い。共依存者は自己愛・自尊心が低いため、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、共依存関係を形成し続けることが多いと言われる。

引用ココマデ


依存されることに自己の存在価値を見出すと、具合が悪くなります。

『誰かに依存しなくても、自分を信じて生きていけるように援助する』のがセラピスト。

僕はそう思うのですけどね。

自分の低い自尊心を認めず、誰かを助けることに依存してしまうと、末路が悲惨です。


そもそも、依存したがる人でスケジュール表が埋まっているって、おかしな状況ですよね。

自分のために使える時間も気力もなくなるし、何にもいいことなんてないと思います。

自信をもてている人が、「あなたも自信もちなよ」って援助するというのが自然です。

スッキリして生きていけますし、醸し出す雰囲気も楽しくなります


僕は、クライエントを依存させるセラピストは育てたくありません。

僕が育てたいのは、『自らが充足している人』です。

自らが充足している人は、存在しているだけで、クライエントを援助できます。

身をもって、モデルを示せるからです。


安部塾を始めて以来、メサイアコンプレックスの自覚がない方々とは縁遠くなってしまいました。

振り返ってみて、それでよかったと思います。

共依存状態は好きじゃないですから。

僕は、対等の横関係が好きなのだということが、よくわかりました。


安部塾でもセラピストが活動を始めます。

クライエントに依存させないよう、クライエントに依存しないよう、オススメしたいと思います。