2014年12月13日土曜日

自分らしい人生を生きる

「~が悪い」と、原因を探し、対策をし、しかしそれでも、一向に状況は改善しない。また原因探しをし、対策をしの繰返し。そうしているうちに限られた人生の貴重な時間が尽きてしまう。

原因はきっかけに過ぎず、本当の問題は『自分自身の認知の歪み』にあることに気づけない。ものの見方が歪んでいるから、現実にその歪みが投影されているだけのこと。

認知が歪んでしまうのは、『他人を自分の思い通りに動かすことができれば自分がしあわせになれる』という幻想を抱いているから。だから、『自分がしあわせになれないのは、他人が変わってくれないから』という前提でものを見てしまう。

他人の影響力にそこまで期待するのは、自分に失望しているから。自分に失望してしまうのは、自分らしい人生を生きることをあきらめているから。自分らしく生きていれば、自分に失望なんてしなくてすむのに。

他人を自分の思い通りに動かそうとすればするほど、自信を失い具合が悪くなる。他人を自分の思い通りに動かすことなんてできないし、動かす必要もないと感じれていれば、自信に満たされ具合が良くなる。

皮肉なことに、他人を自分の思い通りに動かそうとしない人の方が、他人の支援を受けることができる。他人を自分の思い通りに動かそうとする人は孤立無援となる。

  人は、一緒にいて楽しい居心地が良い人と一緒にいたいもの。他人を自分の思い通りに動かそうとしないというのは、居心地の良さの最低限の資質=ボーダーライン。そうできていて当たり前のこと。

他人を自分の思い通りに動かそうとしている限り、自分らしく生きることなんてできない。孤立無援の状態で寄ってくるのは、共依存関係を築きたがる人たちばかり。自分らしさとは、共依存と対極にあるものなのに。

自分らしく生きていれば、まわりの人たちの支援が得られ、驚きのスピード感で、物事が展開していきます。関わる人たちみんなの『やりたいこと』を次々に現実化させながら、自分自身のやりたいことをやれるのです。

自分らしく生きることを選択した時点で、他人のせいにする人たちとの間に境界線が引けます。課題の分離ができるので、自分の問題に直面できます。自分らしく生きたいという人たちとのつながりに集中できます。

やりたいことがあるのに、自信がなくて踏み出せなかった人たちの背中を押すだけで、その人の自分らしさを引き出せます。そして、自分の背中も押してもらえます。押し合いっこです。

なんてことを、今日・明日の東京グループカウンセリングでやります。福岡で起きている自分らしく生きれてしあわせ現象が、東京でも展開するかもしれません\(^o^)/