2014年3月24日月曜日

『できません』って言うのは、やるべきことをやり尽くした後にしようぜ。

すぐに『できない』って言っていると、ホントに何もできないまま生涯を終えることになる。

僕はよく『何でもできるんですね』って言われるけれど、それはちょっと違う。

後悔したくないから、とりあえずやってみているだけだ。

すべてにおいて二流・三流でいいから、ある程度やれるようになるまでガンガル。

何かができるようになると、類似の何かも「ついでに」できるようになる。

そのどれもが、はじめに『できない』って言っていたら、身につかなかった。


何ひとつ超一流にはなれていないけれど、楽しい時間を過ごせるようになった。

他人と自分を比較する必要を感じなくなった。

できないことができるようになっていくという過程に喜びを見出している。

欠けているピースを埋めていく充実感は、他の何ものにもかえがたい。


この仕事をしていると、意味不明な発言をする人によく出会う。

『体が硬いからヨガなんてできません』

『筋力がないから筋トレなんてできません』

『持久力がないからランニングなんてできません』

やらないからできないということに素で気がついていないとしたら驚異だ。

もし、ずっとそうやって生きてきたのだとしたら、ずいぶん勿体無い気がする。


僕たちの行動を支えてくれるのは『体力』だ。

体力がなかったら、人生詰んでしまう。

僕の仕事は、人生を謳歌するための体力を維持増進してもらうこと。

それが僕がここにいる理由。あなたがここにいる理由。


体力は、他人に依存している限り、身にはつかない。

自分で時間をつくり、定期的に専門的な指導を受ける必要がある。

自己流では効率が悪いし、ケガや傷害の原因となる。

結果を出せる指導者は依存させないで『自覚』を高めさせてくれる。


~すべきという『べき思考』から解放されることが大切。

依存心を手放すことではじめて、やるべきことができるようになるから。

誰かから押し付けられた『やるべきこと』は、心身を蝕む。

自分のために自分で選んだ『やるべきこと』は、心身を充実させてくれる。


だから、『できません』なんて言わなくていい。

自分のためなのだから、やるべきことはやり尽くそう。

できるようになるためのありとあらゆる努力は楽しいものだ。

そして、そのすべてが『良き想い出』となって心に残り、支えとなる。


よく『まずはエクササイズの場に自分を置き続けることが第一のハードル』と言われる。

そこにすら到達できないのは、あまりにあんまりな気がする。

人の深層意識は、やらなくて済む理由をつくるために妨害をすることがある。

急な用事をつくってみたり、体調を崩してみたり、しなくても済む理由をつくり出す。


『自分は幸せにはなってはいけない存在』なのだという思い込み。

そんな思い込みからは解放された方がいいと思う。

口角上がりっぱなし・目尻下がりっぱなしじゃないと、死んでしまいたくなるから。

いろんなことに挑んで身につけていって欲しい。